【前回の記事を読む】「8年に及ぶ、壮絶ないじめ」…自殺未遂と長期入院を経験した子供は、ひらがなで手紙を書いた。「せんせい、わたしはね…」
一 小児科医として歩き出す 病気の子どもの世界へ
不登校児が動き出す ―初のバス釣り―
本当は子どもって遊びたくて遊びたくて、早く明日が来ないかな、なかなか寝付かれない。
昔は周りの山や川にはいつも興奮する遊びがあふれていた。毎日毎日が、ドキドキの連続だったような気がする。
魚捕りや山菜採り、カキやクリ拾い。山での隠れ家作りや、山鳥を捕る仕掛け作り、まあ今思えば食い物ばかりを追いかけていたことになる。
小学5年生で私の病院へ来たTは喘息もひどく、その上、不登校だった。病棟へ入院してきた日の彼は全く目に輝きがなかった。
普通、不登校でも病院へ来るとたいてい翌日から、隣の養護学校へ通い始める。病院というより寮という雰囲気がいいのか、ポンポン言う看護婦がいいのか、ともかく通い始めるのが普通だが、Tは朝になるとベッドの下に潜り込んで出てこない。いくら「おーい」と呼んでも出てこない。
作戦を変更して放課後に「今から食用ガエル釣りに行くぞ」と呼んでみた。そうすると「ぜーぜー」言いながら、むっくり出てきてしぶしぶのような顔をして付いてきた。
小児病棟の裏には小川やため池があり、すぐ後ろに大麻山がそびえている。少し前まで小川にはサワガニやザリガニ、池にはフナもコイもいた。
初夏にはホタルが飛び、真夏の夜になると、あの牛ガエルの大合唱だ。この牛ガエルを狙う。釣り針に赤いものをつけ、それをそっと物陰からひらひらさせてぱくっと食いつくのを待つ。昔それを職業にしている人がいた。
あちらの深み、こちらの池とかなり回ったがなかなか釣れない。「ぜーぜー」が少し強くなったようだ。「大丈夫か」と聞くと「うん」とうなずく。
「今日はどうもだめだ。明日ブラックバスを釣りに来てみようか」
「うん」。
翌日、裏の池にみみずをえさにして釣りに行く。病棟からわずか3分だ。一投目からうきが、水の中にすーっと入る。
「上げろ!」釣りが初めてのTは必死に格闘して約30cmのブラックバスを岸に上げた。バスが土手の草の上でドスドスと暴れている。Tは肩で息をしながら、それを見ていた。
Tはぼちぼち学校に行き始めた。冬のフナ釣りや夏のメバルの夜釣りも連れていった。何度か問題もあったが、次第にたくましく、穏やかな青年になった。
工業高校を卒業して大手の会社に就職、釣りクラブに入っている。最近会ったら「先生釣りに行ってる?」。
昔も今も釣りは人を変えると私は信じている。