少し自分が好きになる ―創作劇に盛大な拍手―

小児病院・養護学校では数々の行事がある。中でも入院児たちが最も力を入れるのがクリスマス希望の会だ。いわゆる学芸会である。

病棟ごとに何かの出し物を考えてやる。たいていは長編劇など大作が多い。セリフから衣装、配役までみんなで考える。病棟長はどの子にも一役一セリフは当たるように気を配る。

障害児病棟は先生が一人一人の特性を引き出して配役する。その日は家族もやって来て体育館は大勢でにぎわう。

その中で特に心に残ったことが二つある。一つは併設の看護学校の1年生を引き連れて合唱で出演したこと。

子どもたちの劇を見て心動かされた直後に、スポットライトを浴びてそろいのガウンを着けてクリスマスソングを歌った。

わずか1日だけしか練習していなかった。頑張れ頑張れと私は後頭部にライトを熱く感じながら大きくタクトを振った。

学生たちは小学校以来の「学芸会」出演に緊張し、懸命に声を出そうとしたが思うように声が出ない。けれど終わったとき、思いがけず子どもたちの盛大な拍手が返ってきた。

不自由なものたちが、助け合いながら思いを持ち寄って、たとえ最高の演技でなくても、一つのことを成し遂げようとしていた。看護婦たちが自分たちのために懸命に歌ってくれた、その気持ちに拍手が送られたのだ。

もう一つ、それは希望の会が終わって3カ月もしてからの卒業式でのこと。劇をやった一人が卒業生代表の答辞を読んだ。

今まで彼はどんな行事にも感動したことがなく、自分が大嫌いだったそうだ。あの劇を始めることになって、セリフや衣装やさまざまなことを考えて、みんなと相談してときには意見が合わぬこともあっただろう。そして当日、細かい失敗はいくつかあったが、劇は大いに受け、拍手かっさいだった。

それから彼は少し自分が好きになり始めたと言った。これからも自分が好きになれるよう歩いていきますと答辞を締めくくった。

わが身がかわいい人は多いが、自分が好きと言える大人が何人いるだろうか。彼は不登校でこの病院に来た。

いろいろな障害を持つ仲間とやり遂げた劇、それは彼の人生にとって今までのどんな経験より清々しい、痛快な思い出になったことだろう。

その卒業式に出席した日、私自身、小児病院卒業の日でもあった。来賓席で一人一人の子どもの横顔を見ながら、こみ上げる熱いものをじっとこらえていた。たくさんの素晴らしい思い出をありがとうと心で呼びかけながら。

 

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