【前回記事を読む】「君さ、売れる気ないだろ? 暗いんだよ。題材が」小説を書く友人に漏らした本音。僕はこの言葉をすぐに後悔した――

〈二人の現在地――土橋直哉〉

「お疲れ様。どうせろくに食べてないんだろ? 旨い飯でも食べに行くか?」 榎本君の気遣いに触れ、僕は秘密を打ち明ける覚悟を決める。「ありがとう。……そうしたいけど、まだやることがあるんだ」

なんでもないことのようにそう言ったが、榎本君は表情を暗くした。

榎本君がノートPCを静かに閉じ、改めるようにもう一度、僕の方へ向き直る。

「……親父さんのことか?」

「ああ」

「何か分かったのか?」僕は、息を深く吸う。

「……死んでいたよ。あの時」

【手記1】

『最大の悲劇は、悪人の残酷さではなく、善人の沈黙である』

世界史の授業でその言葉を聞いた時、鼓動が跳ねるように速くなった。人種差別との壮絶な闘いの末、命を落としたキング牧師のその言葉は、僕の抱える絶望の核心を撃ち抜いた。彼の命を奪った冷酷な銃弾のように。

キング牧師が暗殺されたと知った時、正義はいつものように悪に屈したのだと思った。

現実がそのような不条理に満ちているからこそ、僕らは小説や映画に、正義や努力が報われ、悪が罰せられる世界を強く望み、その結果、不条理な現実と理想のフィクションとの狭間で苦しみ、来るはずのない迎えを待ち続ける。