キング牧師の死から約半世紀後、今度は、僕の父が、悪人の残酷さと善人の沈黙により命を落とした。不条理な現実を変えようと、国家の悪と闘った父は、キング牧師を襲ったものと同じ悲劇に呑み込まれた。〝歴史は繰り返す〟。言葉でしか知らなかったこと。
僕の脳の許容範囲を超えてしまった悲劇。もしこの悲劇というものが、この世界の成り立ちや人間の構造から生じてしまう必然なのだとしたら、僕の抱える絶望も同じように、この世界が生み出すありふれた感情の一つに過ぎないのではないかと思った。
人間の悲劇や絶望に対して、無関心に、無慈悲に、進み続けるこの冷酷な世界で、僕は、諦めや不感という感情の埋め立て地に逃げ込み、何かの迎えをじっと待ち続ける。
このまま待ち続けていたら、本当にやって来るのだろうか。あの医師が言った、この絶望に勝るような希望が。この存在が震えるほどの、人生の煌びやかな瞬間や甘美な喜びが。
その時が来るまで、理由を失くした僕の心臓は、確かな鼓動を刻み続けてくれるのだろうか。誰とも分かち合えない、続けるだけで精一杯な自分自身を抱えて。
キング牧師や父のように、闘うことも終わることもできないまま、僕の日常は、時計の秒針のように淡々と続いていく。残滓のような欠片を切り貼りした、つぎはぎだらけの僕を塗り潰すように、景色はその色を変えていく。大脳の奥の僕だけを取り残して。
〈事件――土橋直人〉
土橋直哉の父、土橋直人は、野党の国会議員だった。しかし、ある事件に関わり、不可解な死を遂げていた。
今から十年前のある夜、土橋直人の元に一通のメールが届いた。
差出人は見知らぬ女性――件名:お願いです。この事実を公表して下さい