【前回記事を読む】15件の不審死の共通点は“ある薬の服用”だった――心臓の強い痛みを訴え、急死した妹。ネットで調べると、妹と同じ薬の服用で15人も…
〈事件――土橋直人〉
薬の試験段階の副作用と実際の患者の副作用に、相違が生じるのはよくあることだった。
この国の治験では、その効能や副作用を数年の服用期間でしか計らないため、それ以上の長期服用による副作用は構造上予見できなかった。
そのため、十年以上の長期服用者の予期せぬ副作用の問題は、これまでも数多あったが、今回のように比較的短期間の服用で、臨床試験データにない副作用が頻発するケースは非常に珍しかった。
セリナオには何か裏があると確信した土橋は、水面下で調査や聞き込みを始めると同時に、親交のある医療ジャーナリストの田中正樹に協力を仰いだ。田中は大手製薬会社に勤めていた過去があり、創薬が抱える問題や薬害に精通していた。
製薬大手・レイス製薬が開発したセリナオは、リウマチに対する世界初の根本治療薬として、学会でも革新的と賞賛され、発売当初から多くの注目を集めていた。
厚労省により異例の早さで承認されたセリナオは、全国の医療現場への導入も厚労省主導でいち早く進められた。
夢の薬と持て囃されたセリナオであったが、実際に処方が進むと、当初期待されていたリウマチの根治の症例はほとんどなく、他の薬と比べ、症状を抑える作用が強いという平凡な特徴が医療現場の共通認識となった。
ところが、その期待外れの薬効とは裏腹に、セリナオは、厚労省の後押しにより、リウマチ治療の第一選択薬として国内において不動の地位を築くこととなった。
当時、厚労省が“うつ病は心の風邪”というキャンペーンを大々的に行い、精神科や心療内科への受診を推奨したことにより、うつ病患者が全国で急増し、そのうつ病患者に大量に処方される抗うつ薬や抗不安薬の副作用が社会問題となっていた。
そのため、有識者からは、厚労省が推奨するセリナオにも何か裏があるのではないかという疑心の目が向けられていた。
その頃、土橋は国会議員になったばかりで、レイス製薬から与党への違法献金の疑惑を追っていたが、土橋が所属する政党の幹部達が、”献金に違法性はなかった”と突然に判断を翻したことを、土橋は不審に思っていた。
党の代表に掛け合ったが、党の方針として決まったことを翻すことは、その頃の土橋には難しかった。
土橋の元には薬害を訴えるメールが届き続けた。――肝機能障害、心筋炎、心不全。ある者は家族を失い、ある者は障害を抱えて働けなくなっていた。
「その薬、治験データの改ざんがあるかもしれない」
田中が神妙な面持ちでそう言った。田中は、以前からレイス製薬のセリナオには不審な点があると睨んでいた。