【前回記事を読む】世界初のリウマチ根本治療薬として称賛された薬が「治験データの改ざん」の疑い。試験段階の副作用と相違が生じていて……;
〈事件――土橋直人〉
土橋の元に届くメールが百件を超えた頃、田中が、土橋の書斎に顔を出した。
「分かったぞ!」
田中が肩で息をしながら、束になった資料を土橋に差し出す。
「見ろ。第三フェーズの臨床試験のデータが一部改ざんされている。臨床試験期間が六年とあるが、実際には二年分しかデータが存在しない」
土橋は、“差し替え前”と書かれたレイス製薬の承認申請書類と、厚労省に実際に提出された申請書類を見比べる。改ざん前と改ざん後のデータ。四年水増しされた臨床試験期間。不自然に多い被験者番号。有効性と安全性が過剰に強調されているように見えるデータ。
「出所はどこだ?」
土橋は高揚していく自分を抑えながら、慎重さを意識する。
「レイス製薬の治験担当者が、改ざん前後のデータが記録されたUSBを残していた。彼は、改ざんの事実を知らずに、ただ仕事への生真面目さ故に、禁止されていた外部記憶媒体への保存を自分のためにしていたようだ」
田中は既にその他の内部告発者からも多くの情報を得ていた。
セリナオには、開発の段階で、ある重大な問題があった。新薬の開発には、基礎研究、非臨床試験、臨床試験、申請と承認、という四つのプロセスがあり、九年から十七年程度の長い期間と莫大な費用がかかる。特に第三段階である臨床試験は、人間を対象とした薬の有効性と安全性を試す一番重要なもので、通常五年から七年の期間を要する。