これまでコツコツと自習してたのであろう。鉛筆が滑らかに紙のうえを滑ってゆく。間に十分休憩を入れて、二科目をこなした。
ただ、これまでずっと自習していた歩夢には、予想以上に制限時間というプレッシャーが重くのしかかったようで、疲労の色が見える。
授業が終わったのを見計らって、お母さんがカレーライスを部屋に持ってくる。
「先生、これからは毎回夕食を作ってお待ちしておりますので、お腹をすかせて来てください」
冗談混じりな表情で話しかけてくる。
貧乏暮らしの俺は、日々の食べ物にも窮していたので、夕食代が浮くのは正直ありがたい。
毎回、サンドイッチやカレーライス、手でつまめるものやスプーンで食べられるもので、飽きのこないように工夫してくれていた。
ある日、ラーメンが出てきた。箸を持つ歩夢の右手がぎこちない。なかなか麺を口に持っていけない。
「ひょっとして左利き?」尋ねてみる。
歩夢はビクッとして、とっさに箸をおいて右手を隠す。やはりそうか、左利きなんだ。鉛筆を右手で持っていたから、全く気づかなかった。左利きに何か嫌な思い出でもあるのだろうか。
尋ねてみると、小学校の頃に左利きを同級生にからかわれたらしい。人と違うことに劣等感を感じているようだ。
「先生の手元を見てごらん。箸を左手で持っているだろう」
「あっ、本当だ。シャーペンを右で持ってたから、わかんなかったよ」
「先生はね、何をするにも左手だったんだ」
そう、俺は生来すべてが左利きだったのだ。親はそれを普通じゃないと極端に嫌い、鉛筆、ハサミや折り紙、果ては服のそでを通すことまで右腕からと右利きに矯正された。このように俺の親世代は右利きに心酔していたのだ。
でも、箸だけは無理を強いられても右利きになることはなかった。箸の矯正訓練をした夜は必ずと言っていいほど、夜泣き、かんむし、おねしょを繰り返すものだから、両親も箸だけは諦めた。俺はそんな自分自身の経験を話した。
歩夢に尋ねてみた。
「中学校で昼食をとるときはどうしてた?」
「箸を使わないお弁当を作ってもらってたんだ」
俺も中学生のとき周囲に左利きを悟られまいと箸を無理やり右手で持っていた記憶がある。小学校のときは給食のほとんどが先割れスプーンだったので、友人との差異を感じることがなかった。
しかし、中学では家から持ってきた弁当を、仲の良い友達同士机を寄せあって食べていた。
属したグループの中に左利きはいない。左利きを隠すため、ぶきっちょに右手で箸を持つ日々が続く。みんなに左利きを悟られれば、きっと仲間外れになる。そんな根拠のない思い込みから、だんだん昼食の時間が苦痛になった。
学校に購買があった。あるときから、そこで毎日パンを買って昼食にしていた。俺は親に「弁当はいらない。みんな購買でパンを買ってるから」と嘘をついた。
正直に左利きを苦にしていることを言えば、きっと「ほら、みなさい。あのとき右手で箸を持てるようになってれば」と言われるに違いないと思ったからだ。
次回更新は8月26日(水)、14時の予定です。
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