【前回の記事を読む】23歳の“人気女優”と本屋で2時間も話した。順風満帆に見えた彼女の「孤独さ」を知った私は、そこにつけ込むように…

9.友だちを殺してまで

亀島という人間は、想定よりずっと面白かった。

これは褒め言葉として言っている。同時に、厄介だという意味でも言っている。

面白い人間というのは総じて、攻略に手間がかかる。単純な人間の方が使いやすい。でも単純な人間からは単純なものしか得られない。

亀島から得られるものの量と質を考えると、多少の手間は必要な出費だ。損益分岐点の計算は常にしている。それが私という人間だ。

気づけば大学以外でも会うようになっていた。

最初のきっかけは他愛もないことだった。ある土曜日の昼過ぎ、亀島からメッセージが来た。

「大学近くでやってるギャラリー、今日まで。行かない?」

誘い方に飾りがない。無駄がない。ここ行きたいんだけどって言えるの、すごいよな。私だったら相手が乗り気かどうかを読んでから誘うのに、この人間は平気で誘ってくる。セキュリティがガバいとはずっと思っていたが、感情の開示においても同様だった。

そのギャラリーというのは、写真家の個展だった。都市の夜景を長時間露光で撮り続けた作品群で、光の尾が何重にも重なって、まるで都市が呼吸しているように見えた。

私は正直、現代アートというやつが苦手だ。

どこが凄いのか、何を言いたいのか、分かったふりをするために無駄なエネルギーを使わされる気がして。なんで小便器に署名しただけのものが一芸術作品として持て囃されているのか。あんなの奇をてらっただけだろ。

だがあの写真群は、説明なしに意味が入ってきた。都会の夜が、素顔を晒している瞬間、みたいな。分かった気になるなよ、私。

亀島は1つ1つの写真の前でやたら長く立ち止まった。立ち止まって、見て、また立ち止まる。美術館でそういう人間を見ると、教養を誇示したいのかと思って斜に構えてしまう。目が合った瞬間、聞きたくもないうんちくを垂れ流してきそうで癪に障る。

だが、亀島の場合、見ているのがわかった。本当に見ていた。目が動いていたから。

「これ、人の気配がないのに人の匂いがするよね」

彼女はある1枚の前でそう言った。交差点の写真で、光の軌跡だけが残って、人間の姿は完全に消えていた。長時間露光だから当然だが、そういう意味ではないのは分かってる。上手く言葉にはできないが、彼女に言いたいことは理解できるし、写真の意図を捉えられていると思った。私は何も言わなかった。言う必要がなかった。