その後、近くのカレー屋に入った。昼飯時を外れた時間帯で、店内には私たちと年配の男性1人しかいなかった。

亀島はバターチキンを頼んで、私はキーマにした。なぜかそういう細かいことを今でも覚えている。どうでもいいことを記憶する私の脳の節操のなさには呆れる。というか、まずそもそも私自身も節操がないだろう。

「最近、撮影でやらかしてさ」と彼女は言った。

「やらかすって?」

「台詞、飛んだ。本番で。しかも2回」

大したことではないのかもしれないが、亀島がそれを言う時の声のトーンがわずかに落ちていた。落ちているのに、笑っていた。笑いは免罪符だ。笑いながら言えば、受け取る側も深刻に捉えなくて済む。でも発している側は、深刻なのだ。

「プレッシャーがあった?」

「プレッシャーというか」と彼女は少し考えた。

「頭の中に余計なものが多すぎた、あの時期」

余計なもの、という言い方が引っかかった。聞けば掘れる。でもまだそのタイミングじゃないと思って、流した。引っ張るよりも流すことが良い方も、人生には時たまある。ランナーが2塁にいる場面での右バッターとか。

亀島は私のキーマを1口もらって、「こっちの方が好きかも」と言った。そういうことを平気で言う人間だった。他人の皿に手を伸ばせる人間というのは、食い意地を張っているか、相手に全幅の信頼を置いているかのどちらかだ。

ギャラリーに行った翌週は、彼女が観たいと言っていた映画を見に行った。彼女が好きな作家の原作を映画化したやつで、原作は私も既読だった。当然だ。彼女の好きな作家の有名どころはあらかたカバーしてある。備えあれば憂いなし。

映画館を出てから、原作との違いについて40分喋り続けた。歩きながら。信号待ちのたびに立ち止まって、でも話を止めずに。亀島の分析は鋭くて、でも押しつけがましくなかった。

「私はこう思ったけど、千晴はどう思う?」という問いかけを自然に挟んでくる。会話が上手いというか、人間をするのが上手い。人間を周回プレイしているかのよう。

自分の意見を言いながら、相手に場を渡す。会話のキャッチボールとはこういうことなんだろうなと思う一方で、私にはそれが少しだけ苦手だった。苦手、というのは正確ではないか。

私の会話というのは基本的に目的地がある。何かを聞き出すか、何かを印象づけるか、何かを誘導するか。往復書簡のように、恋愛シミュレーションゲームのように。

目的なく言葉のやり取りを楽しむ、という行為が体に染みついていない。これでも20年ちょっとは人生を送っているのだが。

だから亀島の「どう思う?」に対して、本当のことを言いそうになる自分に、時々気づいて驚く。

答えが出てきそうになるのだ。フィルターを通す前に。

まあ本音を言える場所が1つくらいあっても、損はしない。そうは思わないか。

 

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