「葵さん、どうしました?」
「一応、命を差し出してもこの世に残り続ける方法があるよ」
一度立ち上がりかけた雛菊がもう一度真剣な瞳を向ける。同性でもドキッとしてしまうほど整った顔立ちの彼女の光彩が、風で巻き上げられた砂嵐のように揺れていた。
「その話、詳しくお聞かせ願えますか」
「わ、分かった……。でもあんまりオススメしないよ? 課長もやめた方がいいって言ってたし」
「何故です?」
「会えたとしてもお母さんから自分が娘だとは認識されないの。それと、これから先何十年も死神として命の譲渡を見届ける仕事をする羽目になる」
それだけ伝えれば雛菊には十分だった。
「つまり、私自身が死神にならなければならない。そういうことですね?」
その後、雛菊は考える時間をくれと言って先に帰った。
「やっぱり言わないほうが良かったかなぁ……」
だらしなくソファに背を預ける葵の脳裏には唇を固く結んだ雛菊の表情が浮かぶ。亡くなった母親に会えたところで自分が娘だとは認識されない。この世から存在を抹消されて死神になるメリットなど普通に考えればない。だからこの話は断られる。葵はそう踏んでいた。
雛菊は美人で運転手付きのお嬢様で学業の成績も優秀だと聞く。さぞや裕福な家庭で暮らしているのだろう。
「そんな生活を手放してでも、とは考えないよねぇ。はぁ……トイレ行って帰ろ」
などと呟きながら立ち上がった葵はテーブルの下に落とし物があることに気が付いた。先ほど雛菊が拾い損ねたらしいが――
「なんで……カッターナイフが?」
確かに使うことはあるだろうが、高校生が持ち歩くかどうかと言われると疑問が残る。そこへタイミング良く雛菊が現れる。忘れ物に気が付いて引き返してきたようだ。
「雛菊ちゃん、もしかしてコレ?」
カッターを差し出しながら言うと、雛菊は一瞬『しまった』という表情を浮かべたがすぐに取り繕った。
「すみません、葵さん。拾っていただいて」
「あ、うん。でも珍しいね。カッター持ち歩いてるなんて」
「先月に文化祭があったのでその準備で段ボールを切ったりするのに使ってたんです。入れっぱなしにしてたみたいですね」
「あー、文化祭かぁ。懐かしー。雛菊ちゃんは何したの? メイド喫茶とか? 実はバンドやってたり?」
「あ、いえ、私は裏方で……」
「えー? こんなに可愛いのにもったいないよー」
「あはは……」
それから二人は共に店をあとにした。
次回更新は8月22日(土)、11時の予定です。
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