【前回記事を読む】診療時間外の深夜、頭から血を流した男が病院に…当直の先生もおらず「止血だけ」と頼まれたが、シャツを脱がせた瞬間、私は言葉を失った
Case:C 娘の選択
「おぉ、随分と男前になったじゃねぇか」
「うす。助かりました」
客間に戻ると竹虎がやけに上機嫌な様子で待っていた。座卓に置かれた日本酒の瓶と赤らんだ顔を見ると先に始めていたようだ。
「桜良は寝たか?」
「あ、はい。多分」
「そうか。だったらとっとと食おうぜ。寿司がぬるくなっちまう。ここのは美味いぞ」
「あの、桜良さんってなんかの病気なんすか? 体の調子が良くないって言ってましたけど……」
「……大したことねぇよ。ガキンチョは気にしなくていい。ほら、食えよ」
鬼塚はこのまま厚意に甘えても良いのかと自問自答した。相手は極道者だ。関わるどころか大恩を作ってしまえば今後なにかと面倒になる。本当は帰るべきだろう。しかしそんな場所はもうない。
その間、竹虎は鬼塚に考える時間を与えるかのように中トロを手に取り、目を瞑って旨そうに咀嚼していた。そして忘れた頃に口を開き「お前の親もよぉ……本当はこんな風に旨い飯をたらふく食わせたかったんだろうなぁ」と言った。鬼塚には決定的な一打となることが分かっていたかのような口ぶりで。
「行くとこ、あんのか?」
いくら体が大きかろうと、老け顔であろうとも、鬼塚はまだ子どもだ。親の優しさを知らない少年に竹虎と桜良が与えた影響は計り知れない。
鬼塚は膝の上で硬く握りしめた両拳へ自分でも気が付かないうちに大粒の涙を落としていた。漏れるのは嗚咽だけ。ろくに言葉を紡げず、竹虎が言葉を掛けても声にならない声で応じることしかできない。その姿はまるでいじめに耐えかねて泣いている子どものようだった。
竹虎と鬼塚が親子の盃を交わす二ヶ月前の出来事である。