精神不安定か、認知症か

母の状況が良くなる気配がないまま数週間が過ぎていった。

母の一日の様子は、朝散歩して、商店街の喫茶店でモーニングを食べて、後は家で掃除などをしていた。

代わり映えのない日々だが、徐々に夫を亡くした悲しみは薄れている様子だ。母の家に行けばその喫茶店のレシートもあるし、家の固定資産税の支払いもできている。月々渡している多めの生活費も想定した額が余り、問題なく生活しているようだった。

新聞を毎日読んでいたため、私たちが抱いていたコミュニティに参加しない母への焦燥感は薄れていき、この頃から私たちが母の家に行く頻度を毎週から隔週程度に減らしていった。

そのような生活を数ヶ月繰り返していたところ、私たちは母との会話が時折噛み合わないことに気がついた。

特に気になったことは、母の私たちに対する記憶だ。

私たちは隔週、少なくとも月に一回は必ず母の家に行き、大量の食材や飲み物を渡して夕ご飯も一緒にしていた。

しかし、母は「数ヶ月ぶりに来た」と言うのだ。

その都度、妻が母のカレンダーに記していた前回来た日を母に見せ、先々週来てることを伝えると、そうだっけ?という調子だ。

更に、母がご近所さんに、娘が全く来てくれない、と愚痴を言っていたこともわかった。

これは妻が母の家に行った時にご近所さんと鉢合わせして言われたのだ。

平日が仕事の私たちは、休日に可能な限り母の生活の様子を確認しに行っていた。溜まった家事を後回しにして。

それにもかかわらず、ご近所さんに事実とは違うことを伝えていたことはショックだった。それと同時に、母が認知症になり始めたのではないかと思い始めた。

 

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母を気遣い、老化予防に良いと聞いて選んだ角煮を届けた…だが翌日の電話で、母は「硬くて捨てた」と平然と話し、返す言葉が見つからず……

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