【前回の記事を読む】去年の年末まで確かにあった結婚式用ドレスが無い…「勝手に捨てたでしょ!」と母を責めると、「最初からそんなものなかった」と言い出して…

第2章 壊れていく日常

血縁認知の希薄化

妻の父の三回忌が訪れた。三回忌は、故人の死後「満二年目」で行われる。つまり母は父の他界後二年間は、いろいろありながらも一人での生活を乗り切った。

父の故郷は高速を使って三時間半ほどの他県にある。先代からお世話になっているお寺がその地にあり、父もそこのお墓に納骨されている。

母を車に乗せ、寺に向かった。この頃の母は、亡き夫のことを思い出すことはほとんどなくなっており、父の話を振っても、あぁ……と言うだけの反応であった。

そのことを寂しく思う私たちにとっては、この法事が父の記憶を呼び起こすきっかけになればと思っていた。

また、毎日家だけの生活を送っていた母にとって、長時間の外出や法事が刺激になり、認知症の進行を少しでも遅らせることができればとも期待していた。

しかし、結果的に母は父との思い出を偲ぶことはなかった。

行きの道中、父のことを何度も母に尋ねたが、母から返ってくるのは生返事だけで、会話が続かない。必然と沈黙の中運転する時間が長くなり、父のお墓参りに期待をするしかなかった。

お経を終え、父のお墓をきれいにする際は母に極力やってもらった。水かけ、生花のお供え、お線香、そして手を合わせる。

「お父さん、お母さんを連れてきたよ」

妻は敢えて大きめの声で父のお墓に向かって声をかけ、

「ほら、お父さんだよ」

と、母の記憶の扉が開くことを期待する。しかし母は、

「あぁ……はい」

と、長年苦楽を共にしてきた伴侶のお墓を前にしても記憶は戻らなかった。