【前回の記事を読む】同じ質問をされる度、少しずつ違う答えを返す母…ホーム長が「毎日の食事、大変でしたね」と声をかけると、家族に一度も見せなかった表情を…

第3章 認知症

暴力

母のサ高住入居日が近づくにつれ、私たちの不安は膨らんでいった。仕事後の母への安否確認も兼ねた電話の反応は芳しくなかった。

「お母さんがサ高住で生活するのも数日後だね」

「何言ってるの。私は入らないわよ」

「でも、三食食事が出ることをお母さん喜んでたじゃない。近くに馴染みの商店街があるし、今と変わらない生活ができるんだよ?」

「食事なんてどうにでもなるわよ。今までもそうしてきたんだから」

「そんなこと今更言ったって、お母さんが納得して契約書にサインと印鑑を押してるんだよ、覚えてないの?」

「……私にはこの家があるもの、私は入らないから!」と電話を一方的に切る。これの繰り返しだ。

既にサ高住に初月と翌月分の入居費用の入金は済み、家具も入れている。

一ヶ月分の生活費の管理ができないのに、私たちを煙たがって「一人で生活できる」と言う母の入居タイミングは今しかない。

母の食と健康の心配、詐欺の心配、コミュニティ参加の心配、これらが介護のプロであるサ高住のスタッフによって支えられる。もちろん入居費用は決して安くはない。

しかし、これからも変わらず母がこの生活を続けると、母の生活だけでなく私たちの生活までも壊れてしまう。

平日は多忙な業務と人間関係のストレスを抱え、ヘトヘトになりながら帰宅し、夜は母への電話で様子をうかがう。

電話に出ない時は仕事後の疲れた体にムチ打って車で片道小一時間ほどかかる母の家に向かう。

休日は母の食材を買い込んで家に向かい、母から招かれざる者として扱われながら掃除とお金の状況確認。

「ありがとう」の一言も言われないまま母の家を出て、ようやく私たちのために費やせる時間が訪れる。

残された休日の時間は私たちの家事である掃除、生活食材、薬局などへの買い出しに費やされる。

ようやくささやかな休憩時間が訪れると今度は母への悩みが出てくる。できないことが増える反面、一人で生活できると言い張る母の今後が心配になり、一緒に暮らすか、介護施設にお願いすべきかの悩みだ。

我々が心から休みを感じられる時間はなく、肉体的にも精神的にも限界に近づいていた。

 

そしてサ高住入居日が来た。私たちは不安に思いながら母の家に向かう。

母が素直にサ高住への入居に応じてくれるだろうか。どう話を切り出すか。悩みながら運転していた。

母は既に物事の判断力がかなり低下しているので、サ高住に入ることなど何も言わずに車に乗せて連れて行くことが最もスムーズだろう。

しかし、いくら判断力が低下しているとはいえ、母が長年住んだ家を離れるのは悲しいことだろう。

もしかしたら父との思い出が蘇るかもしれない。率直に伝えることにして、車を降りた。