Case:C 娘の選択

メールの返信があったその日、仕事を終えた葵は普段なら決して足を運ばない猥雑な歓楽街を訪れた。すっかり日の落ちた金曜日ということもあって会社帰りと思しき背広姿の男性が目立つ。

それに加えて煌びやかなネオンといかがわしそうなお店の看板。客引きの若い男と高価な毛皮のコートを着た女。酔って声の大きくなった彼らから距離を置く葵は待ち合わせにこの場所を指定された意味を考えている。

すると前方から「葵さんですか」と鈴の音のような声で名前を呼ばれた。声からして想像以上に若い。見ると、雑踏の中で足を止めてこちらを向く一人の少女がいた。

「え、えっと……メールをくれた轟さん、ですか?」

「はい。轟雛菊と申します。以後お見知りおきを」

彼女はセーラー服だ。若いどころか、まだ子どもだった。

待ち合わせとして指定された喫茶店に入った途端、オールバックの髪を綺麗になでつけた五十代の男が「これはこれはお嬢様。いつもありがとうございます」と頭を下げた。

「今日はお連れ様もご一緒なのですね」

「うん。だから腕によりをかけてね、マスター」

冗談めかして言った轟に「もちろんですとも」と、やや芝居がかった口調で答える男はこの喫茶店の責任者らしい。雛菊は入口から最も離れた隅の席へ葵を案内した。可能な限り会話を聞かれたくないのだろう。

「轟さんはマスターの知り合いなんですか?」

「えぇ。昔、父の部下だった絡みで付き合いがありまして。若い時からコーヒーが好きだったから慣れ親しんだこの街でいつか喫茶店をやってみたかったそうですよ」

「慣れ親しんだ、ですか」

「これでも昔よりは小綺麗になったんですよ、この街も」

「は、え?」

「今でも充分騒がしいですけど、十年ほど前までは風俗とキャバクラだらけだったんです。あと、焼肉屋やスナック、バーとか」

「だらけ……。キャバクラならここへ着くまでに二、三件くらい通り過ぎましたけど、それよりも?」

「えぇ。全盛期、と言うとちょっとおかしいですが、今とは比べものになりません。随分お上品になりましたよ」

「そんなに変わるようなことがこの街にあったんですか?」

「再開発です。それから風営法やらなんやらにひっかかるお店を警察が片っ端から摘発していったんですよ」

「あぁ、なるほど」

「再開発の計画自体はもっと前からあったらしいんですけどね。本格的に進められたのが二〇〇六年ごろの話です。あと、私のことはどうぞ雛菊とお呼びください。敬語もナシでお願いします」

「わ、分かった……」

「こうして死神の話をするのは葵さんが初めてです」

「私もだよ。課長以外の死神なんて見たことないし」

「課長?」

「あ、ごめん。私の知ってる死神って会社の上司なの」

「そんな身近な人が? では日常的に死神に会ってる、と?」

「そうなの。今は出張でいないけど同じ部署だから」

そう言うと雛菊は顎に手を当てて考えこんだ。

次回更新は8月1日(土)、11時の予定です。

 

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