【前回の記事を読む】1年もアメリカ留学していた夫が、今度は1人で勝手に世界一周旅行へ行った。息子は作文で「世界一周してみたい」と…

第四章 再び、東京へ

従妹一家との交流

おふくろの兄である泰男おじさんは目黒に住んでいたが、その家を引き払い、私たちの家の近所に引っ越してきた。

従妹の石井朝子のことを、私たちは「あこちゃん」と呼んでいた。色白でとてもかわいい女の子で、同じ小学校に通うことになって有頂天になった。

泰男おじさんと朗子おばさんの家に遊びに行くのも楽しかった。泰男おじさんは大手の建設会社に勤めていて、新築した家も凝っている。周おばあちゃんの部屋もある家だった。家には暖炉があって、さすが、建築を専門とする人が建てる家はちょっと違うなと思った。

開進第四小学校の通学路の途中に我が家があって、あこちゃんは登校の際に、必ず我が家に寄ってくれた。

朗子おばさんは朝が弱いらしく、あこちゃんが「ママ、起きてくれないの」と言うので、一緒に朝ご飯を食べた。

泰男おじさんは、トレンディなおじさんだった。話題のお店に詳しく、当時学生であった親父の妹の幸子おばさんを、銀座の素敵なお店に連れていってくれていたようだ。

私は幸子おばさんも泰男おじさんも大好きだった。

スキーが流行し始めたころ、スキー旅行を企画して私たちを誘ってくれたのも泰男おじさんである。行き先は新潟県南魚沼郡。現在では美味しいお米の産地として有名だが、その南魚沼郡湯沢町の岩原スキー場に、家族そろって出かけた。

蒸気機関車に乗り、背当ては木で、四人掛けの座席だった。床に新聞紙を敷き、持参の板を座席に渡して、二段ベッドの完成だ。

「子どもは床に寝ろ」と言われて潜り込んだのはよいが、頭のすぐ上にスチームの暖房が通っていて、すぐにのぼせてフラフラになって這い出した。

列車が碓氷峠の近くに来ると、泰男おじさんから「デッキに行こう」と誘われた。なぜだろうと思ってついていくと、デッキの階段(ステップ)に降りろという。

手すりにつかまって下を見ていろと。やがて一瞬、線路の下にオレンジ色の線路が見えた。

「おう」と声を漏らすと、「これが碓氷峠のループ式トンネルだよ」と教えてくれた。物知りのおじさんに感心した。