小学校五年生の夏休みには、泰男おじさんの勤務する札幌へ旅行することになった。その時の「北海道旅行記」が今でも残っている。

「七月二十七日二十時五分、上野発北斗号乗車。いよいよ、待ちに待った北海道へ行く日になった。一日が三十時間くらいに感じた。十八時三十分にぼくは、タクシーをひろいに行った。そして、上野について急いで汽車に乗った。汽車は寝台車だった。間もなく汽車が発車して土浦につくと、おばあさまが、すいかと桃をもってきてくれた。それからすぐ寝たが、こうふんしたのかなかなか寝られなかった。」

東京から青森までは五百四十五・三キロメートル。

急行北斗で十三時間二十五分、時速四十一キロメートル──当時書いた旅行記の中に、地図入りでそう記載されている。

青函連絡船に乗り換え、十和田丸でさらに四時間三十分。距離は百十三キロ、時速二十五キロで進む。函館で急行「まりも」に乗り換え、今度は二百八十六・三キロの旅だ。五時間四十四分、時速五十キロと書かれている。

泰男おじさんの家に到着すると、家を拠点に、洞爺湖・支笏湖の旅、阿寒国立公園・網走国定公園の旅、大雪山国立公園の旅と、いろいろなところを巡った。

今でも鮮明に思い出される。

その旅行で、北斗号に乗って札幌に向かっていたときのことだ。深夜に仙台駅に停車したとき、おふくろが突然私を起こした。

そして車窓から誰もいないプラットホームを見ながら、「ここに住むことになるのよ」とぽつりと言った。

そのとき私は、その言葉の意味が全然わからなかった。