第二章 熟慮の決断
三つ子の魂
束縛がなにより嫌
アメリカ帰りの若いご夫婦が、女の子を連れて面談に来た。両親は女児の両側からしっかりと彼女の手を握っていた。
面談室に入るとお父さんは娘の手を離したが、お母さんはつないだままだった。
お母さんは女児を椅子に座らせてから彼女の手を離した。
途端に彼女は椅子から立ち上がり、止めようと伸ばした大人の手をすり抜けて、部屋の何もない場所に走り出した。そして周囲に置いてある備品を触りながら動き回った。
「そのままでいいですよ、ドアさえ開けなければ」と私は言った。
「すいません」とお母さんは彼女を目で追いながら肩をすぼめて言った。
私はこれまでの彼女の療育や生育の様子を聞いた。お母さんが話している間、お父さんが彼女を目で追っていた。
彼女はアメリカで二歳半の時に自閉症という診断名を告げられた。
現地でABA(応用行動分析学)を取り入れて「あ・い・う・え・お」は確かに出るようになったこともあった、とお母さんは語った。
しかし、四歳過ぎに帰国してから発語は消失してしまった。トイレトレーニングは現地で指導されたようにやっているが、いっこうに進まない。
今は多動が一番大きな問題なんです、とお母さんは切実な表情で訴えた。
お父さんは何も言わなかったが同じような暗い表情でうなずいた。二人とも彼女の多動に手を焼いているようだった。
確かに近くに寄っていって、優しく彼女の手を取ろうとしても手を払って嫌がる。それではと、肩を抱き寄せ優しく席に誘導しようとすると、彼女はさっと体をくねらせてするりと身をかわしてしまう。
人が近づいてくると何かやらされるのでは、と警戒しているようだ。常に捕まらないだけの距離は確保している。追いかける、逃げる、の悪循環に陥っているようだ。
しかし、彼女は人が嫌いというわけではなさそうだ。しっかりとアイコンタクトが取れるし、笑いかければ笑い返してもくれる。
ただつかまれたり押さえられたりすることには我慢ができない。束縛されるのが、そして強制されて何かさせられるのが何より嫌い、といった気持ちが態度に表れていた。
両親と面談している間に、ベテランスタッフが彼女に色シールのマッチングプリントをなんとかやらせようと、笑顔で誘っていた。
彼女は席の近くまで来て座る素振りを見せるが、座ると見せかけて笑いながら逃げてしまうので、最後は危ないことをしないよう見守るしかなかった。
次回更新は7月4日(土)、14時の予定です。
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