大阪編
小康
水島さんはどこかに連れて行って欲しいとせがむこともなく、約束通り僕を誘惑するような仕草もない。最初は強引に誘い込まれてしまったような経緯で危なっかしい印象を持ったが、しばらく付き合ってみて、水島夕未が知的な大人の女性であることが分かった。
誕生日にもプレゼントが欲しいと言うこともなく、にしむら家でいつものように2人で夕食をした。ひとえに2人でいる時間を楽しんでいる様子だ。会話も軽い冗談で楽しく話をしながらも、芸術や小説などについての知的な話題が多い。
ただ、音楽には全く興味がないようで、僕が学生時代にバンドを組んでいたことにもあまり興味を示さない。音楽の話もしたいけれど仕方ない。水島夕未が男の好みに合わせようとはせず、自分をしっかり持っていることに逆に好感が持てる。
一生一人で生きるというだけあってしっかりしている。しっかりしていないのは僕の方だ。水島さんといるときには安らぎを感じて楽な気分になるが、相変わらず仕事には気持ちが向いていかない。
仕事は低空飛行が続いていた。そんなある日、何人かの所員の前で所長に強くなじられた。
「君は助っ人として来たはずやろ。そやけど営業所の成績が全く上がらないどころか逆に下がっているのは、一体どういうことなんや。君なんかここにおる意味が全然ないやないか。単なるタダ飯喰らいや」
さすがに他の人がいる前で罵倒されたのはショックだった。関西弁で言われたのでことさら堪えた。言われても仕方がない働きだが、あんなに意気揚々と皆のいる前で言うことではない。あいつは鬱病でもうダメだと所員に言いふらしている所長のことを考えると絶望的な気分に陥った。
この頃には水島さんと週に1回は会うようになって2ヵ月くらい経っていた。所長になじられたその日も彼女と2人でにしむら家に行った。そしていつもより鬱屈した気持ちを抱えて、いつものように誘われるままにマンションに行ってワインを飲んだ。