普段より少し飲みすぎたかもしれない。「今日は少し元気がないけれど何かありましたか」と聞かれて、所長に罵倒されたことについて愚痴を言った。そして、それまでなんとか保っていた心許ないバランスを崩してしまった。

マンションからの帰り際に、玄関で水島夕未をハグしてしまったのだ。しばらくそのまま黙ってハグしていたが、彼女を僕の腕の中からようやく解放したときに彼女は僕に言った。

「私がパートナーに求める条件で、この間お伝えしなかったことがあります。それは私が好きになった人で、尊敬できる人であること、さらに私のことを心から好きになってくれる人です」

「結構ハードルが高そうだ」

「結婚願望がなければ誰でもいいわけではありません。私は角野さんのこと好きですし、尊敬もしています」

「前から聞きたいと思っていたんだけれど、どうして僕のことが好きなのかな」

「好きになるのに理由が必要ですか? 角野さんが赴任されたときに一目見て好きになりました。強いて言えば父に少し似ていらっしゃるからかもしれませんが、それは理由のごく一部です」

「それに、こんな状態の僕に尊敬できる部分があるとは思えないけど」

「たくさんあります。本社で多くの車を売って表彰されたこと、ちょっとしたことに気づいてくださる細やかさ、知的な会話、博識さ、私の誘いに簡単にのらないこと、家族を大切にされていることです。今はちょっと元気がないだけです」

「ありがとう。家族を本当に大切にしていたら、ここで水島さんをハグしたりしていないけどね」

こんな日でも彼女といると軽い冗談を言って、重く沈み切っていた気持ちも少し軽くなる。

「ありがとうございます。角野さんが元気になってくださるなら、なんでもさせていただきます。でも、私のことを好きという気持ちを角野さんがお持ちでないと、私はきっと寂しいです」

「水島さんは素敵な人だし、さっきハグしたくなったのも、好きだという感情が抑えられなかったからだよ。突然で、びっくりしたよね」

「いえ、嬉しかったです。ハグするときだけでもいいですから、夕未と呼んでください」

ここまで玄関のところで2人で立ったまま話していたが、その夜はお互いに離れ難く

なってしまい、そのまま彼女の部屋に泊まることになった。

シャワーを浴びて、自然と彼女のベッドで一緒に寝た。パジャマも用意されていた。結構飲んでいたし、大人しく寝るつもりだった。でもすぐそばで好きな女性が寝ていると、そうもいかない。水島さんを後ろから抱きしめると胸の膨らみが感じられた。

しばらくそのままにしていたが、何かに包まれているような不思議な感覚だった。それからこちらを向いた彼女と長いキスをして、そのまま身体を重ねた。

彼女は素直に僕を受け入れた。彼女の中に入ったあとに僕は夕未と呼んだ。水島さんは小さな声で「嬉しい」と言って少し涙ぐんでいるようにも見えた。

【前回の記事を読む】「私がパートナーに求める条件は、結婚できない人か、結婚する気がない人です。」同僚女性から屁理屈っぽいアプローチ

次回更新は12月15日(日)、8時の予定です。

 

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