「自分は今家庭教師センターを経営しているんだ」

……ほら、やっぱり自慢話だ……そう思っているひねくれた自分に嫌気がさす。

「場違いなんで俺はこれで帰ります」

ぶっきらぼうにそう言うと、

「さっき漏れ聞こえてきたんだけど、今役者やってるんだってね。テレビや舞台なんかあるときは教えてよ。是非見たいよ」

「いや、ほんと売れてないんで」謙遜でもなく、見栄を張るでもなくそう言った。誠先輩は何となく俺の生活ぶりを察したのか、名刺をくれてこう言った。

「今度、俺の事務所見に来てよ」

これが俺の人生を変える言葉になろうとは、このときは思いもよらなかった。

舞台稽古と上演以外は基本的に暇だ。主役、準主役を張っていないのだから。暇つぶしに行ってみるか。そんな軽い気持ちで、先輩の連絡先の紙を頼りに訪ねてみようと思った。

最寄り駅から歩いて三十分の雑居ビル。決して駅近とは言えないが、毎日通勤しているのは、先輩ひとりだという。塾だと箱が必要だが、家庭教師の派遣が商売だから、テナント料の安い辺鄙な場所でも十分なようだ。家庭教師は生徒の家に直行直帰。基本的には、月一回の勉強会を兼ねての報告会だけだ。

俺は自分の生業上、定期的に働くのは難しいが、あわよくば、ここで事務のバイトで雇ってもらえないか、そんな思いから訪ねることにしたのだ。

「今人手不足でさぁ。よかったら手伝ってもらえないかな?」

渡りに船だ。

「はい、事務の仕事はやったことはありませんが、アシスタントとして精一杯努めます」  

「いや、そうじゃなくって、家庭教師ってこと」