【前回の記事を読む】6畳の部屋に、牛乳の空きパックがぎっしりと積み上げられていた。「全部飲まれたのですか?」と住人に聞くと…

第2章

きみの手

「J病院医療相談室のアオキです。至急相談したい患者さんがいます」と電話が入りました。

地区担当ワーカーの槐は、自転車を走らせ相談室を訪ねました。

アオキさんの相談はこうでした。

「入院中の男性コブシさんが、ベーチェット病と診断されました。今の医療では病気の進行をくい止めることができないのです。失明を告知する局面です。コブシさんは地方から上京し一人暮らしで相談できる身内もいないのです。傷病手当金も打ち切られ、勤め先は退職になってしまいました。失明は、コブシさんに追い打ちをかけてしまいます。わたしたちはそれを一番心配しています」とのことでした。

まもなく、二〇代後半の細身で鼻筋の通った面長なコブシさんが、看護師さんに付き添われ相談室にやってきました。

「ぼんやりと見えるだけです」と不安げに言い、槐と向き合って座りました。目が赤いのを見て、槐はハッとしたのです。

「お話は伺いました。コブシさんのこれからの医療費や生活費などは、福祉の制度がありますので、安心して治療してください」と伝えました。

コブシさんは「これから収入がなく、どうやって生きて行ったらいいのか不安で」と頭を垂れたのですが、肩の力が少し抜けたように思えました。

コブシさんが相談室を後にする時、アオキさんはコブシさんの肩に手をやって見送りました。

槐はコブシさんに、こころからのことばをかけられませんでした。

しばらく病院の談話室にひとり槐は座り動けませんでした。そしてメモ帖を取り出しました。