【前回の記事を読む】「久しぶりにお会いし懐かしいです」と挨拶したが彼女は「誰か分からない、ごめんなさい」思いもよらぬ事態に動揺を隠せず…

第1章

政治家ナデシコさん

ナデシコさんは、町議と市議を七期務めた後、都議選に立候補したが、病で断念し、五六歳の時に癌で亡くなりました。

お別れの会に大勢の市民が来られ、お母さんのハゼランさんが「病魔は不運だけど、娘はみんなに慕われ、華あるうちに逝ったのは本望だと思う」と挨拶されました。

お別れの栞に、ハゼランさんはこう寄稿しました。――秩父郡皆野町の我が家は貧しい機屋で、しっかり者の娘は、機織りの雑音に邪魔されながらよく勉強し、手のかからない子でした。「機屋に出さないで。白衣の天使になるから」と病院の寮から準看護学校に通い、もっと勉強したいと東京に出て行きました。

中学生の頃に、級長は男、副級長は女、は差別だと抗議した子でしたから、政治を勉強したかったのでしょう、私が「若いんだから、戸締りと病気に気をつけろ」と電話すると「まかしとき!」と答えました――

槐は今、栞を読みながらナデシコさんのふっくらした顔を思い浮かべます。母一人田舎に残したナデシコさんは、在宅福祉を充実させ、東京が変われば、日本中が変わると、人々の暮らしに思いを馳せた政治家でした。

地方自治は民主主義の学校と、よく言われますが、まさに「民主主義の学校」を実践されたのでした。

第2章

父とおさなご

槐が出会った三人のおさなごと、父親のことを忘れることができません。

母親は子ども三人を連れ家出したのですが、直ぐに父親は子どもだけ連れて帰りました。

父親は「母ちゃんは帰って来るよ」と優しく言い、子連れで母親を呼び戻しに、何回も新幹線で会いに行きました。

ある日槐は、子どもたちに予防接種を受けさせるため、保健所に連れて行きました。

幼い妹を抱くと甘えてきました。兄は弟に手を添え、弟は槐のスカートをつかんでいました。

おしゃべりを殆どしない子らでした。

三人で固まっている子らでした。

兄は翌春、小学校入学予定でした。学習机とランドセル、国語と算数のノートを、父親の姉の伯母さんが揃えてくれました。