【前回の記事を読む】薄桃色の肌と青く透き通るうつろな目をした裸婦の絵--オウムや猿、バラやユリが描きこまれ…
第1章
声をかけられないよ
ナバナさんは花粉症で、ティッシュペーパーを鼻に詰め「ごめん見苦しいね」と顔を赤らめ、目をしばたたくのでした。
まつ毛の長い、小顔で黒髪の似合う、すらりとした、二五歳の精神医学ソーシャルワーカーだ。シャガさんと名コンビだった。
ラン先生は「ナバナ女史」と呼び、槐はいい響きだなと思った。
ナバナさんは、相談室で患者さんや家族の辛いお話を聞き「そうですか」「そういうことですか」「よく分かりました」と、メリハリのある会話で心地良い。患者さんや家族に、信頼され慕われていた。
ある時、槐は、何かに憤慨していた。頭から角を出し、ブスッとした顔で仕事をしていたのだ。ナバナさんがニコリとして
「つんつんしていたら、誰も声をかけられないよ」
と、声をかけてくれた。
槐はハッとした。そして顔が赤くなり、慌てて頷いた。同僚たちは、槐を困った人と思っていたに違いない。
ナバナさんは、コミュニケーションの取り方を、二〇歳の槐に教えてくれ、優しさをくれたのだと思った。槐は、怒りを人にぶつけない、決していら立たないこと、荒立ててしまえば、人は振り向いてくれなくなる。そう自分に言い聞かせた。槐は生きやすくなった気がした。