ゴーゴー

受付の小さな窓から声がした。顔を上げるといつも愉快なことを言う病棟のソーシャルワーカーのハギさんだった。

「ゴーゴー踊りに行こう」

槐は本気にせずただ笑っていた。

「一緒に行こうや」

「う~~ん」

最後まで返事をしなかった。シャガさんが、槐に耳打ちしてくれた。

「ハギ君は、君のこと想っているよ、相手にしなくちゃかわいそう」

しばらくたって、ハギさんがまた受付の小窓にやって来た。

「いつ、空いているかい」

槐は熱心に誘われて、約束してしまった。

「じゃ、新宿の紀伊國屋書店で待っている」

本屋さんで待ち合わせとは、この人は真面目だなと思っていたら、

「その日まで、眠れないや」

とニコニコして言った。

とうとうその日が来た。

映画『007』を観て、手をつないで、ゲーム店で遊び夕食は美味しいとんかつを食べた。

新宿歌舞伎町の、明るさが眩しかった。

自宅の最寄り駅に降り、我が家に向かう道を駅のホームの灯りだけが、僅かに照らしていた。

槐の通いなれた農道まで、送ってくれ

「家まで送るよ」

「もう大丈夫、走って帰るから」

と言って走り出していた。

農道から、あぜ道に入り、振り返ると、シルエットのハギさんが立っていた。最初で最後のデートだった。

槐は翌年(一九七〇年三月)夜間大学を卒業とともに病院を退職した。

 

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