時々飲酒して上機嫌の父親に連れ回される子どもは、お腹を空かせてしまいます。
優しい伯母さんはとても心配し、時々訪ねてくれました。伯母さんと相談し、お金はお酒に代わってしまうので、食料を届けることにしてもらいました。鰯の丸干しの時に「刺身が食べたい」と苦笑いしながらも、遠慮がちに父親は言いました。島で育ったので無理もないなと思いました。
離婚調停に立ち会うことになりました。
子どもは母親が育てることで話が進んだ時、父親はテーブルの下の妻の足を蹴ろうとするのです。背の低い父親の足は届きませんでした。母親に「住所を教えて」と聞き、母親はすらすらと伝えました。
子どもの引き渡しの日、槐が付き添うことになりました。東京駅の新幹線の中で、母親が待っていました。父親は「横浜まで一緒に行きたい、そこで降りるから」と懇願しました。なんとか出発直前に車両から降りてくれました。
帰りの道は、ただただ肩を落とし一言も発しない父親の歩幅に合わせて歩きました。
まもなく、父親は教えられた住所に新幹線で行きましたが、そこには住んでいませんでした。
その後、面接権で子とは面会ができるようになりましたが、数回面会したのちには、上の子が父親に「もう会いたくない」と言い、父親は諦めるしかありませんでした。
おさなごの幸せと、健全な暮らしを守るため、子らは、父親と別れなければなりませんでした。母親の愛に育まれて暮らせたことは本当に良かったと思います。
心に沁みる人生が、ケースワーカーの槐を育ててくれたと思います。
トントントン
体幹機能障害のカンナさんは、臨月を迎えていました。夫のアオイさんも同じ障害がありました。
難産を心配した産科医は、早めに入院するよう勧めました。ケースワーカーの槐が、入院から出産まで立ち会うことになり、カンナさんと一緒に救急車に乗りました。
カンナさんは、「子どもが、出たいとお腹をける、自分に似て物怖じしない子だ」と言って病室のベッドに横たわりました。
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