【前回の記事を読む】3歳になっても言葉が出ない息子…療育を始めても、母の表情は暗いままだった。訳を聞くと、ぽつりと「妹も自閉症なんです」と打ち明け……
第一章 生命力を支える家族
兄妹のきずな
妙技“唾飛ばし”
こばとの療育を受けることになったのだが、お母さんとしては、こばとで療育としてやっている課題も、毎回持たされる宿題ノートも「こんなことをやって何になるの?」という思いの方につながるようだった。
頑張る気持ちが出るより、こんなこともできない、ということが目の前に突きつけられるからだろう。
実際、私に対しても口に出してハッキリそう言った。
地道に努力して少しでも子どものできることを増やそう、という前向きな気持ちにはとてもなれないようだった。それでもこばとを離れず長男を連れてきた。
私はお母さん方に「頑張れ!」とは決して言わなかった。日々の辛い頑張りは察するに余りあるので、お母さん方が希望を見いだせるよう、預けてくれた子ども達が成長できるよう全力で支援することだけを考えた。
彼は言葉こそ出なかったが、スタッフが、“えっ”と目を剥くような特技を時々披露してくれた。
彼は課題の合間に、意図的に数滴の唾を机の上に垂らす。そして顔を机に近づけて唾を勢いよく吹き飛ばすのだ。唾は一本の線になって机の端まで伸びる。スタッフは彼の行為を注意する前にすごいな、と思ってしまう。
“唾飛ばし”ではさらにその上をいく技もあった。彼は自分の手の甲、または一本の指に唾を垂らし、その手を天井の蛍光灯に向ける。そして口を手の甲につけて勢いよくピューッと吹き飛ばすのだ。なんと唾は天井の蛍光灯めがけて届く時もある。
プリント学習の時には見られない集中と正確さ。野生の世界なら獲物の狩りに役だっただろう。ただ課題の学習はなかなか進まず発語もなかった。
年子の妹もこばとに通うようになった。
彼女も発語がなかったが、兄とはまた違う雰囲気を持っていた。その時点では重度の自閉症児と判定されていたが、兄より障がいの程度は軽いのかな、という雰囲気があった。
お母さんは彼女にも期待は持っていなかった。
お母さんに一日の休息を
兄が二年生になった時、妹は通園施設の年長組になった。兄妹は年子だが生まれ月の関係で二学年離れていた。
彼女は年長になって、こばとの一泊二日の幼児夏合宿に初参加することになった。
長男は既に二回夏合宿を経験済みだったので、二年生の夏は二泊三日の夏合宿の方に参加が可能だった。
こばとでは一泊組と二泊組の合宿は別日で計画を立てており、通常なら兄妹が一緒になることはない。
私は二泊三日の夏合宿に参加が可能な兄を幼児対象のグループに入れるのは忍びないが、二人一緒に合宿に連れていけば、一日だけでもお母さんに休息日を作ってやれるのではないかと考えた。
お母さんに、兄は一泊になるけど二人一緒の合宿はどうだろうかと提案した。お母さんはもちろん異論はなく、嬉しそうな顔をして賛成した。