【前回の記事を読む】「実は…妊娠しちゃったの」…まだ結婚前の報告だった。「二重におめでとうじゃない」と返すと、親友は…

サイコ5――テレポート怪盗

5月20日の朝、前日トムラウシ温泉に宿泊した鍬下は近くの登山道からトムラウシ山を目指し、登山を開始した。6時間かけて山頂に到達し、岩場に腰かけて昼食を取りながら、風光明媚な周囲の景色を見渡した。

山の周囲は高山植物を含む緑に覆われており、所々に溶岩が凝固してできたごつごつした岩が緑の間から突き出ていた。かと思うと、岩場だらけで草木の生えない荒れ地のような場所もあり、そんな所には美しい色をした湖沼も散在していた。

トムラウシ山は昔からカムイミンタラ(神々の遊ぶ庭)と崇められていたそうだが、まさにその名に相応しい神秘的な光景であった。

昼食を取り終えると鍬下は晴天の下、涼やかな風が白い雲を押し流すのを眺めながら、人気のない溶岩帯の無数の岩を乗り越えながら東側の麓を目指した。時々耳が短くてネズミのような姿をしたナキウサギが岩の陰から頭を出してピイッと鋭く鳴いては姿を隠していた。

やっとのことで岩場を抜けると草原を突っ切り、硫黄を含んだ黄色い台地に聳える奇怪な溶岩ドームの間を進み、再び草原を抜け、次にはハイマツの森の中を潜り抜けてやっと目的地に辿り着いた。

そこは森の中に突然現れた広大な空き地で、北半分は溶岩による荒れ地だが、南半分は緑で覆われており、一番奥には暗い色を湛えた沼があった。その沼の畔に白い外壁が今では苔で緑色にくすんでしまった古びたプレハブが建っていた。

那花吉郎が逮捕された後も、解体して山から搬送するのに費用がかかるため放置されているのであろう。玄関に近づいてみると、その脇に「国際超能力研究所」と下手くそな字が墨で書かれた木製の表札が掛けられていたが、既にその字も目を凝らしてやっと判読できるほど薄れて消えかかっていた。

引き戸の扉には鍵が掛かっていなかったが、錆びついていたため、鍬下はやっとのことで開いた隙間から中へ侵入した。その部屋は机や棚や放置されている書類からして事務所として使われていたようだった。

ドアを開けて次の部屋に行くと、机の上にサイコロや、〇、+、□、☆や川のような文字が描かれたゼナー・カード等の道具が乱雑に放置されており、超能力の実験室として使用されていたようだった。

そのさらに奥は居住スペースとして使われていたようで、2段ベッドのある部屋が数部屋あり、その他に共同のキッチン、浴室、トイレが設置されていた。

鍬下は再び事務室に戻ると残されていた書類に目を通し始め、そのうちの一つに徳永皆実という人物の履歴書が挟まっているのに気づいた。本籍は美瑛町、1985年生まれ、事件が起きた当時は21歳なので、おそらく研究所の職員の就職面接の際の資料と思われた。

下山して美瑛町の市街地に着いた時はすっかり夜になっていたが、鍬下は履歴書の携帯番号に電話をかけてみた。

「はい。福原です」

徳永皆実は結婚して姓が変わっているようだった。

「夜分遅くに申し訳ありません。警視庁捜査第一課の鍬下と申します。実は……」

そこで電話は切られた。かけ直してみたが出る気配はなかった。やむを得ず、彼は履歴書の住所を訪れ、2階建ての住宅の玄関のチャイムを鳴らした。中から50代くらいの柔和な女性が出てきた。