【前回の記事を読む】半身不随の妻を残し、毎年“自分の遺影”を撮りに行く79歳の父……家族が止めても通い続ける理由を、父は明かすことはなく……

2、毎年遺影を撮る老人

バス停は旭町商店街のはずれにあった。孝蔵はバスを降りるとそのままドブ板通りのほうへ向かった。

帽子をかぶっているが、歩道からの反射が眩しく、思わず目を細めた。太陽の光もだいぶ強くなってきている。

やがてレトロな佇まいの店の前に到着した。ニス塗りの古い扉のガラスに自分の姿が映った。

ちょっと帽子を整えて孝蔵はドアを開けた。

「カラン」

店内は微かにコーヒーと、床材にかけたワックスの混ざった香りがしていた。

店の内部は木目が基調だが、カウンターの前に置かれているソファーが臙脂(えんじ)色でアクセントになっている。

「いらっしゃいませ」

奥から亮介が声を掛けた。

「斎藤さん、ご無沙汰しております。どうぞこちらへ」

亮介は孝蔵のコートと帽子を預かるとソファーに案内した。

「今年も世話になりますよ」

孝蔵はそう言うと、勧められるままにソファーに座った。

「お時間は大丈夫ですか? コーヒーを淹れますね」

「ああ」

亮介はカウンターの奥に入り、コーヒーの準備をしている。

孝蔵は背筋を伸ばしたまま、その所作を見ていた。店内は去年とさほど変わっていないようだ。

ふと見ると応接セットのテーブルの傍にスタンド式の灰皿が置いてある。

「すまんが、一服させてもらってもいいかな」

「構いませんよ。そちらの灰皿を使ってください」

亮介はコーヒーの準備をしながら、孝蔵のほうに振り返って答えた。

孝蔵は懐(ふところ)から煙草のケースを出すと1本取り出し、ポケットに入れていたライターで火を付けた。

「ふーぅ。助かるよ。最近、煙草が吸える場所が減ってね。家でも娘がいい顔をせんのだ」

「そうですよね。うちは死んだ父も吸っていましたし、全然構いませんよ。コーヒーをどうぞ」

亮介は孝蔵の前にコーヒーカップを置いた。

「砂糖とミルクはこちらをお使いください」

「ああ、ありがとう。君がこの店を継いでから何年になるかね」

孝蔵はミルクを入れたコーヒーをスプーンでかき混ぜながら言った。ミルクは渦巻き状に拡散し、やがてコーヒーに溶け込んでいく。