【前回の記事を読む】”遺影撮影”から帰宅した夫が、まるで別人のようだった……これまで気にも留めなかった妻の体調を気遣い始め、その違和感は拭えず……
2、毎年遺影を撮る老人
「家族で最後に旅行に出かけたのはいつだったかな」
「4年前ですよ。あなたの75歳を記念して、伊豆の河津まで桜を見に行ったじゃないですか。奈津美の離婚のこともあって気晴らしにって。奈津美の運転で行きましたよ。渋滞に巻き込まれて、あなたったら機嫌を損ねちゃって。二度と車では行かないぞって」
「そうだったかな。でも、桜はきれいで楽しかったよ」
「そうね。親子で旅行に行くことなんて久しぶりだったものね」
「また行きたいもんだな。おまえが良くなったら」
「日帰りくらいなら行けるかしらね。鎌倉に行きたいわ」
「お父さん、どうしちゃったの? ずいぶんとしおらしいこと言うわね」
奈津美が作りたての夕食を運びながら口を挟む。
「鎌倉、良いわね。もう少し暖かくなったら出かけましょうよ。お姉ちゃんも誘ってみる?」
奈津美の姉夫婦は、横浜に住んでいて、大学生と高校生の息子がいる。
「雅美のところはどうかしらね。下の浩二君の受験もあるしね」
「そうか。家族の記念撮影くらいはできるかな?」
「あなた。今日はどうしたんですか?何かありましたか」
「いや、大したことではないんだが」
孝蔵は、今日写真館で家族写真を勧められたことを話した。
「そういえば、長いこと家族写真を撮っていなかったことを思い出したんだ。時間はいくらでもあったのにな。写真屋の若い店主に言われて気がついた。記念に1枚あってもいいかと思ってな」
「お父さん。いいじゃない、それ。ぜひ記念撮影しましょうよ」
奈津美が絹代に話しかける。
「でも、せっかくだったら家族旅行の写真を撮るのはどう? 季節も良くなってきたし。鎌倉にみんなで行って撮りましょうよ」
「そうね。良いわね。どうせ行くなら江ノ島にも行きたいわ」
「だが、誰が写真を撮るんだ」
「こんなことはめったにないことだから、どこかのカメラマンに頼みましょうよ。旅行の写真を撮ってもらってアルバムを作るといいわ」
「そんなことできるのかしら」
「私、調べてみるわ。多分やってもらえると思う」