【前回の記事を読む】「バイバイ」と言った彼は、それっきり帰ってこなかった。2人で心地よい生活をしていると思い込んでいた…

壺を抱いたネコニャ

「カウンセラーの卵さんにはお見通しか」

私は大きなため息をついた。そう。私には中学生時代にいじめられた体験があった。彼らと同じ高校へ進学することはどうしてもいやだった。だから彼らから逃(のが)れるように、関係を切り捨てるために、私はドイツへ行った。

いじめられないだけの自分、いじめられない年齢、私をいじめたことを奴らが忘れてしまう時間。そこに至るまでは、絶対に戻らないと誓ったのだった。

十九歳で帰国し、この年齢(とし)ではさすがにいじめられることもなかろうと思ったが、中学の同級生とはまったく連絡を取らなかった。

帰国して間もなくクラス会の誘いの電話があった。適当な理由をつけて断った後、自分の顔を鏡で見た。

そこには中学生時代の暗い表情をした私はいなかった。穏やかに微笑む顔が映っていたが、目は笑っていなかった。それは声楽の個人レッスンで教わった笑顔だった。目は真剣に物を見つめ、口元は人に不快な感情を与えず、ゆとりがあるように見せる技術だ。演奏家の顔はそうやって作られていくのだと、声楽の教授に笑い方を教わりながら思った。

いじめられたくない私は、その技術を日常にも取り入れたのだった。自分の感情を抑え、どんな刺激に対しても本気で感情的なリアクションをしなくなった。『当たり障りのない笑顔』という仮面を着け続け、感情に流されることは絶対にしなかった。それほどに人に対して心を閉ざし、関わろうとしなかった私が、あんな年下の少年に見とれてしまったのだから、自分でも驚きだった。