【前回の記事を読む】男としては弱すぎる雰囲気の彼から目が離せなかった。彼が近づいてきただけで、顔が真っ赤になって、汗が胸の谷間を…
壺を抱いたネコニャ
私は再び更衣室に駆け込んだ。全身汗びっしょりだった。結局下着から全部着替えて、再び同じ場所を通ると、トーヤが今度は初めから私を見つめていた。
ああ、ついに三回分の着替えを着尽くしてしまうわ。
私は天を仰いだ。
「僕ね、怖くないよ。落ち着いてよ。そんなに緊張しないでください。お願いします」
トーヤは深々と頭を下げた。
「怖いんじゃなくて……」
私は大きく深呼吸をすると、自制するかのようにグッとこらえた。ここで汗を出したらまずいと思った。
「僕が近づくと逃げるんだもの」
彼の上目遣いの表情がとても悲しそうに見えたので、罪悪感が込み上げてきた。
「ごめんなさい、悪気はないの。あなたが嫌いなわけでもないし。ただ単に私って、なかなか人に慣れないから……。私こそ、ごめんなさい」
彼とこんなに長く話したのは初めてだった。でも、話せば慣れてくるのが私の性格だったから、やっと一歩彼に近づけたような感じがした。
「ピアノをそばで聴いていてもいい?」
「え?」
「話し掛けないからさ。ただ聴いているだけ。あなたが気にしないように静かにしているから。いい?」
ここまで言われて拒否したら、嫌っていると思われるだろう。彼が嫌いなわけではないから、居たいと言う人には、私が慣れるしかないと思った。
「静かにしていてね」
「うん」
彼は私の後をついてきた。やがて私から離れていき、私の視界の隅にほんの少し入る場所に座り込んで、壁に寄り掛かった。
「絹の光沢?」
カウンセラーがノートに私の言葉を書きつけている音が聞こえてきた。
「ええ。艶やかな輝き。明と暗がものすごくはっきりしている。それなのに繊細なの」
私は絹地を思い浮かべてつぶやいた。
「彼のイメージがそうなのね?」
「そう。プリズムのイメージもだぶります」
「プリズム?」
「はい。プリズムは目の前に存在しているでしょう? でもそれが放つ虹は掴めない。その幽玄さが絹の光沢にもあるのです。掴もうとしても掴めないのに、そこにあるの。不思議な存在」
「だから緊張するのかしら?」
「ええ。すごく構えていたわ。あのとき……、何か警報が鳴っていたような気がする」