「警報?」

彼女の問いに、当時を思い出そうと集中した。何に警報が鳴ったのか探ると、やはり幽玄な輝きに行き着いた。

「うん。やっぱり彼が放つ色にだわ。あれには惹かれるけれど、怖いわ。そう、怖かったみたい。近づいたら、何か取り返しがつかないものに囚われてしまいそうな気がしたわ」

「それなのに近づいてしまったのね?」

「だって、遠くにいたときはその色がはっきりと見えていたけれど、彼が近づいてきて、その色が見えなくなって……。あの幽玄な色が放っていた危険はどこに行ったのかしら? 解らない。イメージだったから、私と同じ肉体を持つネコニャは、現実だったし……」

私は近づいてきた彼を思い出そうとしていた。

「そう、生身の彼の体温が……。うーん。よく解らないわ」

私はさらに探ろうとしていた。

白いシャツを羽織った彼の胸だけが、私の目の中に浮かんでいた。

「ああ、近づくとあの輝きが消え去っていたのよ。生身の彼は、折れそうなくらい華奢で、何となく不安定な子で、抱きしめたい衝動に駆られたの」

それからは日を追うごとにトーヤは壁から離れ、だんだんとピアノに近づいてきた。やがて、グランドピアノの足が彼の定席になった。そこに寄り掛かって、本を読みながら私のピアノを聴くのが、彼の休憩時間の過ごし方になっていた。

「猫だ……」

ふっとそう思った。小説家である内田百閒の家に、いつの間にかいついてしまったノラを思い出した。ノラは初め、葉蘭の陰で食事をもらっていたが、やがて勝手口で食事をとるようになり、ついには家の中に入り込んだ。

ノラは徐々に百閒の心の中に入り込んでいったのだ。ノラが近くにいることに、百閒も自分では気がつかないうちにいつしか慣れていた。

私も百閒と同じだった。確かに初めの頃、ネコニャの存在は視界の片隅に染みついた汚れのように気になった。しかしそれに慣れてきて、いることが気にならなくなった。やがては、いることが当たり前の風景に変わっていた。

ついには、そこにいないと不安になるほど、彼は私にとって大切な存在になっていた。私は彼がピアノの音を聴いていると思うから、指慣らしのためではなく、彼に聴いてもらうために弾くようになるほどだった。

次回更新は4月21日(火)、14時の予定です。

 

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