【前回の記事を読む】ベッドの中ではあるのに、お互いが衣服を着用している時は“その言葉”がない…ないと彼女を不安にさせてしまう、その言葉とは…

今宵、巣鴨の劇場で

「ほら、よく引っ込み思案なわが子の性格を心配した親御さんが、社交性を身につけさせるために、その子を児童劇団なんかに入れるっていう話あるじゃない?

女優さんや俳優さんで、元々は人前に出るのが苦手だった、そんな自分が今役者をやっているなんて信じられませんっていう人、結構いるし」

「そうかな」

「そうだよ。大女優の葛城麗子(かつらぎれいこ)だって、子供の頃は泣き虫レイコって呼ばれるくらいすぐに泣く引っ込み思案な子だったって、本人が何かのインタビューで答えてたし。

征ちゃんがそうかどうかは知らないけれど、ともかくちゃんとスミちゃんに会いに来てくれてるわけでしょ?」

それはそうだった。ハードな舞台が終わってひどく疲れているように見える時にも、

「スミちゃんの顔見たら元気が出た。君は俺のビタミン剤だ」

などと言って、菫子を幸福の絶頂に押し上げてくれたものだ、言葉と肉体の魔力で。

二人の交際が劇場でも公然の秘密となる頃、ただ一人、鮎川翔太だけが、

「スミちゃんさえ幸せなら周りがとやかく言うことじゃないけど、向こうは役者なんだから、どこかで一線引いとく方がいいと俺は思うよ」

と言ってきたが、その時の菫子に聞く耳があるはずもなかった。