【前回記事を読む】「毎日“奴隷”のように働き続ける母を、なんとかしたい。」私の夢は、父の“たった一言”で終わった。

第1章 苦難の少年時代

働きながら学ぶ

それからは毎朝、新しい学生服に身を包み、新しい自転車に跨り、一郎の家の前を颯爽と通学する高校生の姿を見ていた。

鍬や鎌を片手に、毎日、野良仕事に向かう自分の姿と比較しては、あまりの違いに溢れる涙を必死で堪えた。

目の前を通り過ぎる同世代の姿を、羨望の眼差しで見送る傷心の日々。一郎はその時、このままではいけない、気持ちを切り替えようと考え、農家の後継者としての道を黙々と歩み出した。

それ以来4年間、昼は農民、夜は学生としての道を必死で歩き続け、いつしか夢を絶たれた悲しみも忘れようとしていた。

働きながら学ぶという事は、口で言うほど簡単ではない。

いつも心の片隅にやりきれない空しさを抱きながら、空っ風の吹きすさぶ極寒の中を、また、炎天下の田の中を泥まみれになって這いずり回り、雑草を取る。過酷な田の草取りに精を出す。

だが一郎は、農作業が辛いなどと考えた事はなかった。風の便りに聞く同窓生達の都会での生活も、一向にうらやましいと思った事もない。

この関東平野の片隅に骨を埋める決心をしたこの身が、何をするでもなく、ただ無為に夢のない日々を送る事が無性に悲しかった。

農作業を終えると、一郎は急いで学生服に着替え、学校の始業時間に遅れまいと懸命に自転車のペダルを踏んで定時制高校への道を急ぐ。

すると、全日制の生徒達が授業を終えて帰宅する。こちらは登校途中、朝、見かけた学生の集団とまたもやすれ違う。朝と晩、一日二回も顔を合わせる。

そのたびに一郎は、惨めな思いを味わう事になる。別に悪い事をしているわけではないのだから、堂々と胸を張ろうと思うのだが、なぜか引け目を感じてしまう。

こうした惨めな思いは、定時制高校に通う4年間続いた。