【前回記事を読む】「いい予感がするの」養子縁組はある意味買い物に似ている。夫妻は今日「品定め」に来た。容姿端麗で賢い、7歳未満の男の子を…

第一部 午後六時

確かにそうなのだろう。ここには毎日のように両親候補が訪れてくるのだろうし、縁があって新しい親子になることが決まり、この施設を去っていく仲間たちを見ながら、子供たちは成長していくのだ。落胆と羨望という痛みを通して。

「ちょうど来月の発表会の練習をしているところでして。ホールでご覧いただけますよ」

「発表会?」

「二か月ごとに、歌や踊り、合奏や演劇の発表会を催しているんです。子供同士の親睦が目的です。ここで彼らはお互いに譲り合うことや協力して何か一つの物を創り上げることを学ぶ。親御さんが決まるまでは仲間たちが子供たちの唯一の家族ですから」

普通の家庭の子供ならば、発表会は親に見せるために開催される。母親や父親に自分の晴れ姿を見てもらうため、子供たちは歌を覚え、楽器を習い、物語の登場人物になって声高らかに台詞を発する。しかし、ここにいる子たちには見てもらうべき親がいないのだ。

やがて敷地内の中庭に面した大きなホールが見えてきた。香川所長のあとについて、卓也と貴和子は入り口で靴を脱ぎ、スリッパに履き替える。

ホール内ではちょうど劇の演目が始まったところらしく、数名の子供たちがステージ上でそれぞれの役柄を演じていた。顔に動物のお面をつけている。

「猿カニ合戦かしら?」

貴和子が卓也に耳打ちをする。中央に躍り出るようにして演技を披露する猿のお面をつけた男の子、背後にズラリと並んだカニのお面をつけた十人くらいの子供たちの姿が目に入った。

「日本の昔話を劇にしています。教育の一環ですね」

所長の説明に頷きながら、貴和子は食い入るように舞台に見入っている。そして卓也も猿カニ合戦に思わず引き込まれる形になった。

確か、ずるがしこい猿が一匹のカニを陥れ、それに激怒したカニの仲間たちが集結して猿を懲らしめるという、勧善懲悪のお噺伽(とぎばなし)だ。猿は悪役なのだが、演じる中央の少年は、自分に与えられた役柄を実に魅力的なものとして演じていた。

物語を十分に理解した上で、本筋がブレない程度に自分なりの解釈を加えている。知らず知らず観客が猿に感情移入するように、さらにはたくさんのカニたちを完全に自分の引き立て役として背後に置く演じ様は、唸るほどの出来栄えだった。しかも見目麗しい。

「ねえ、あなた、あの子。あの猿を演じてる男の子」

貴和子が何を言いたいのか、卓也にはもうわかっていた。そしてある確信と共に、香川所長に向き直った。

「あの猿役の男の子の名前は?」