「俺にもようやくメジャーデビューのチャンスが巡ってきたよ」
相変わらず金曜日の夕刻、《劇団びっくり箱》の公演を観に巣鴨に通う日々が三年ほど続いたある日、身なりの良い紳士が二人、楽屋で征児と熱心に話をしているところに菫子は偶然出くわした。
その日の夜、菫子のアパートにやってきた征児が満面の笑みで開口一番そう言ったのである。
「メジャーデビュー?」
「ああ、今日楽屋に来てた人たち、スミちゃんも見ただろ? あの人たち、大手芸能プロダクションの幹部さんなんだよ。《ワンダー》っていう」
「ワンダー?」
「そう、有名どころだと女優の葛城麗子なんかが所属してる」
「葛城麗子の事務所なの?」
端正な顔を紅潮させて幾分興奮気味に話す征児を、何か不穏な霧が立ち込めてくるような気配に体を軽く強張らせながら菫子は見つめた。
それはある予感のようなものだった、良くない方の。
「へえ、すごいじゃない。で、その人たちの話は何だったの?」
努めて平静を装いながら、これではまるで妻が夫を問い詰めているようだと、菫子は自らを苦々しく思う。