「お仕事以外のお話は、控えさせてください」
「別によくない? これから仕事でもまた付き合いあるんだからさ」
「だったらお仕事の話だけにしましょう」
どうにかくるみが理性を保てている間に早く帰って欲しい。くるみのそういう願いに、大輝は全く気づいていないようだった。
「はぁ……お前、そういうカタいとこ昔から変わってないよな」
「……自分がしたこと、覚えてないんだ」
「は? 何?」
「大学の友達に、私のこと話したでしょ」
ついむっとして、言葉を返してしまった。しかし一度せきを切ったものは止まらない。
「大学の友達にお前のこと話した? いや、別になんも話してねーけど」
「私の胸のこと、大学の友達に話してたの聞いたの……! 初めてエッチしようとしたとき、私が病気のこと打ち明けたでしょ!? その次の日、友達に私のこと色々言ってたの、聞いてたんだよ!」
あのときのことは、一生忘れることはない。
「全部覚えてる、『母親の顔思い出すよりきつかった』『俺おっぱいフェチなのに』って!!」
「いや、それを友だちに言ったかどうかっていうのはマジで覚えてないわ」
「私のこと、『訳あり商品だって告知しなきゃ詐欺だ』って言ったのに……!?」
「つーか、昔のことだろ? そんなにムキになるなよ」
(この人とは、別の世界に住んでるみたい……)
同じ言語で話をしていると思えないほど、わかりあえない。くるみは自分が無意識のうちに歯を噛み締めているのに気づいた。
「なんで私がこんなに悔しい思いをしてるのに、覚えてないの……っ」
「普通そんな前のこと覚えてねーだろ……」
面倒くさそうに大輝が頭をかく。この場をどうやって去ろうか考えているのだろう。
「なんでそんなに他人事で──」
「あの、くるみさん? 大丈夫ですか?」
声をかけてきたのは、通りがかったらしい笹川だった。心配そうな顔でくるみと大輝の間に入ってくれる。
「すみません、取り乱して」
「悪いけど俺、もう行くわ」
大輝はそれだけ言って、その場を去ってしまった。結局何も伝えられないまま、大輝は背を向けて遠くに行ってしまう。
(何も覚えてないなんて……)
いじめられた側がずっとそのことを覚えていて、いじめた側は覚えていないなんてことは世の中によく転がっている。まさにそれと同じだ。傷ついた側は、一生許せない傷を負う。
次回更新は3月5日(木)、11時の予定です。
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