1 菟狭津彦代々の墓所

大分県宇佐市にある大分県立歴史資料館を取り囲むように宇佐風土記の丘が広がっている。わたしはここに来るとほっとするのだ。広大な敷地のなかに三世紀中期の赤塚古墳から六世紀中期の鶴見古墳まで、六基の前方後円墳が宇佐地域の王であった菟狭津彦の歴史を物語っている。

この場所こそまさに菟狭津彦の原点であり、わたしもここを訪れるとなぜか気持ちが引き締まる場所だ。

先に触れた赤塚古墳の後には四世紀前半の免ヶ平古墳、五世紀に入ると福勝寺古墳、車坂古墳、角房古墳と連続して築造されていく。これだけの前方後円墳を同一場所に安定的に築造できたということは、歴史の空白時代と言われる四世紀から五世紀にかけて、豊の国における菟狭津彦の権力も揺るぎないものだったことを知ることができる。

だが鶴見古墳が造られた後、この丘から菟狭津彦の姿が消える。

 

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