【前回の記事を読む】地球寒冷化で文明崩壊寸前…9割死亡の中国大陸から逃れた人々が日本にもたらした“恐るべき病”とは筑紫君磐井が、新羅と結託して倭国の軍勢の足止めを行ったことで、物部大連麁鹿火(もののべのあらかい)に鎮圧された事件が、継体天皇治世22年(529年)十一月に発生したと日本書紀に記されている。記紀のどちらも磐井は斬られて死ぬが、筑後国風土記では豊前国上膳(かみつみけ)に逃げて見失ったと…
[連載]菟狭津彦が見た倭国の歴史
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歴史・地理『菟狭津彦が見た倭国の歴史』【第4回】宇佐津彦 清智
日本書紀と三国史記の記述差から読み解く、継体天皇暗殺説と倭国・伽耶・新羅をめぐる6世紀東アジア政変の真相とは
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歴史・地理『菟狭津彦が見た倭国の歴史』【第3回】宇佐津彦 清智
地球寒冷化で文明崩壊寸前…9割死亡の中国大陸から逃れた人々が日本にもたらした“恐るべき病”とは
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歴史・地理『菟狭津彦が見た倭国の歴史』【第2回】宇佐津彦 清智
宇佐家は何度も滅亡の危機を免れてきた。1度目は筑紫磐井の乱、2度目は弓削道鏡の偽託宣事件、そして最大の危機は――
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歴史・地理『菟狭津彦が見た倭国の歴史』【新連載】宇佐津彦 清智
【日本古代史】九州の古代豪族の末裔が、自らのルーツと倭国の歴史をたどる――祖先の領有地、現在では東九州自動車道路に?