あと1行何とか、と言うところで数ヶ月が経ってしまった。焦るスポンサーの某商社よりは、Agent の当行が、同意しない参加行の分を肩代って欲しい等と、あれこれ矢の催促が相次いだ。何とかして欲しいとの嘆願にスポンサーである同商社の担当部長が東京から出張して来て、応接室で激しいやり取りになった。 

同社内の稟議書では完工と同時に会社としての保証義務が外れ、出資部分以外のプロジェクトへの Liability(負債義務)が消えることを条件に、同社にとっては異例の 100%出資案件として内部承認が取れているのであるから(2)との理由であったが、こればかりはどう仕様も無い。


 

御一行を見送った後、Lender(貸し手)側の弁護士で親友でもあった弁護士事務所 Milbank & Tweed のエリックとも繰り返し相談し、互いに頭を捻った。

自由の女神像を望む、ウィンドウ オブ ザ ワールドのバーでほとぼり冷ましに昼から飲みながら策を練っていた時のことであった。悪知恵は追い詰められれば浮かんで来るものである。

彼は言った。「スポンサーの同社は off taker(製品の買い手)として適格だよネ? 自分で製品の売買もやろうと思えばできるし」。

「ふむ、それはそうだけれど」と私は答えた。

エリックはウィンクしながら「では、一旦彼等にoff takerになってもらい、その上で、条件変更したらどうかな?」と囁いた。

「完工基準達成後の off taker の条件変更は 66.7%(2/3)の Lender の Majority(多数)の合意で可能だからネ」と付け加えて。

要は、“同商社にワンタッチで製品の引取契約者にならせて完工保証を外し、実際に引取が発生する前に、銀行団から同社が引取契約から抜けることの承認を得る”、と言うことである。

契約書には、完工認定に必要な検討期間は資料提供後型式要件を満たす際は5営業日、そうでない場合は 20 営業日、同様に、引取契約の条件変更も必要な資料を渡した後 20 営業日、と定まっていた。自分が交渉した諸条件である。

ただ、こんな Loop hole(抜け道)が結果的に用意されていたとは、考えてもみたことはなかった。

私はこう返した。「でもエリック、そんなことしたら、参加行の信義を裏切ることになって、当行の市場での信頼と名声は、地に落ちてしまうよ」。過去から甦って響いて来る悪魔の囁きを振り払う様に。暫く沈黙が続いた。


1)毎期返済額をカバーする余剰キャッシュフローの比率

2)即ち、出資額以上のリスクは負わない

 

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