後日、カイは田沼意留とともに登城した。異例の謁見だった。意留の後見があったとはいえ一介の旗本(詐称)でしかないカイが本丸の表御殿で実質トップの大御所に謁見することになったのだ。

表は本来将軍が居住する御殿である。大御所の要件は西の丸で済ませるはずだが、ここでも家斉はゴリ押しをした。どちらが真の江戸城の主か、幕閣どもにいま一度教えてやろうというわけだ。

控室として通されたのは意留が普段務めを果たす雁の間だった。傍らの風呂敷に包まれた大きな甕には大塩平八郎の首が入っている。カイ自身は大紋付きの殿中礼装を誂えさせられた。紋付はぶかぶかだし異様に長い裾が邪魔くさいのなんの。

(だけど、いろいろ隠せるから好都合かもな)

隠したいもの……例えばこの右手。今のカイの右手は職人に作らせた木製の義手である。隻手というのは印象に残りやすい。万が一にもカイが叛乱に参加したあの短筒撃ちだと悟られぬように、と意留の意見を容れたのだ。

「家譜を調達しておいた。お主は旗本小普請役の長男ということになっておる」

ずっと保護者のように付き添っていた意留が、巻物にしたためられた家譜をカイに見せる。なんか色々ややこしいことが書かれてるけど、どうやら俺の名は「男谷義邦」ということになっているらしい。しっかり覚えておかなきゃな。

「私ができるのは、ここまでだ」

「十分だよ。ありがとう。兄上」

カイは微笑んで感謝の意を表した。言われた意留は急に照れ臭くなる。

「兄上、などと……こやつ。なんのつもりだ」

「いや。あの人に代わって言ったんだよ」

意留が少しだけ寂しそうな顔になると、仕えの者がすうっと襖を開けた。

「お改めをさせていただきたく」

奏者番と呼ばれる礼式を司る者ふたりが、カイの身体検査をしていく。

「ご無礼つかまつる」

カイはせっかく着込んだ礼服を脱がされ、全身そして褌の中までも念入りに検査された。当然寸鉄も帯びていないことが確認された。赤穂事件以来、殿中では刀剣はおろか釘一本持ち込んでもお家取り潰しだ。

「さて、これは?」

心配していた義手を見咎められた。すかさず意留が口をはさむ。

「この者、生まれついての隻手にて。しかしながら大御所様のお目を穢してはなるまいと、それがしが用意した義手でござる」

ふたりの奏者番が顔を見合わせる。大御所に対する配慮、と家斉の側近に言われては了解せざるを得ない。ふたりはウムと頷き合う。

「されば、お導き申し上げまする」

次回更新は8月16日(土)、11時の予定です。

 

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