「あっ、小さい姉ちゃんよう帰ってきたなあ。お勤めご苦労さんでした。」
堅苦しい挨拶をした割には子供の頃の癖が抜けなかったのか、学の「小さい姉ちゃん」はみなの笑いを誘った。学も今年は二十歳になる。すっかり様変わりした青年になっていた。
無事帰国した嘉子を囲んでの夕餉は心温まる楽しい時間だった。
次の朝、嘉子は早速重正の家へ向かった。
「実馬叔父さんただいま。」
「おお嘉子か、無事帰れてよかったなあ。重正には会えたか。」
「それが中国の広さは日本の二十六倍もあるそうでここから隣町の田川や直方(のおがた)に行くような訳にはいかんとよ。重ちゃんには会えんかったけど必ず帰れるだろうという情報を信じてうちは帰ってきたと。それより叔母さんは大変やったね。」
嘉子はマツエに線香をあげた。
「ああ、まさかあんなにあっけなく逝くとは思わんかった。それより俺は体が弱いし重正には早く帰ってくれんと困るんだ。あいつ兵隊に行ってからというもの、ろくに送金もしてくれんでな。洪や新は大学にやらんといかんのに、宏ひとりにぶら下がるわけにはいかんからなあ。」
「大学に?」
「そうだ。今からの男は大学を出てないと出世できないからなあ。それから嘉子、重正が帰ってきたら一日も早く嫁に来てくれよ。待ってるからな。」
嘉子は叔父実馬の身勝手さに早々に腰を上げた。