【前回の記事を読む】「おう熊、かわいがってやれ!」 巨漢は唸り声を上げ、男の背中に尻を落とした。大きな衝撃が橋全体を包み、関節のきしむ音がした――

第一章 帰巣きそう

応化橋おうげのはし

居並ぶ群集を搔(か)き分け、旅人風の男が駆け寄ってきた。三度笠に脚絆を身につけているところをみると地元の者ではないらしい。

「おい、大丈夫か! けえ、本当に見てらんねえぜ。あの三下のごろつき連中はひでえことしやがる。おいらが岡っ引のダシを出さなかったらこの男、あの世へ逝ってたぜ。でもよお、この直江の津・今町の町衆は見て見ぬふりしてるだけで、誰も助け舟を出さねえのか!」

「あんたかい? 助けてくれたのは」

「助けたっていうよりも、ああいう三下連中みると虫唾(むしず)が走るぜ。弱いものいじめを楽しんでやがる。あいつらこの町で幅(はば)きかせてるのかい?」

「ええ、権藤一家の一味なんだよ。近ごろ始末に負えないんだよ……。ところであんた、今町の者ではないね。旅の者かい?」

「おう、おいらは柿(かき)の木坂(きざか)の勘治(かんじ)っていう三下だ。信州小布施(おぶせ)の生まれよ。そろそろ越後の寒さもゆるむ頃かと思って山を越えて来たが、こんなに寒いとは思わなかったぜ。旨(うま)い魚でも腹いっぱい食いたかったんだがなあ」

勘治は白い息を吐き、厚い首巻を顔の上まで覆った。

「勘治さん、ほんにありがとうよ。おかげで助かったよ。あたしはお遥(はる)っていうの。よかったら、うちの旅籠(はたご)に寄ってかないかい? ちょっと早いけど、熱燗(あつかん)と肴(さかな)に棒鱈煮(ぼうたらに)でもつけてあげるよ」

「えー! 本当かい! そいつあ、ありがてえ。お言葉に甘えさせてもらうぜ」