四方を集合住宅――ものは言いようで、バラックの長屋を下敷きに上へと増殖した難民の砦。本島に見捨てられた者たちの、開き直りを感じさせる怒りの建造物だ――に囲まれたそこは、ごみの城の中核を担う吹き抜けの広場で、昼は老人や家族が唯一の陽光を求めて日向ぼっこをする憩いの場。

夜は極彩色のネオンが曼荼羅のごとく広がる、労働者の為の屋台村へと変貌する。

ほら、陽が落ちたここは、自他共に認める狂気の溜まり場。鈎に吊り下げられた黄金色の若鶏。それを親の仇とばかりに素手で食らう人々。笑みを湛えた豚の頭部が看板で回転しているのを「洒落がきいている」と笑う通りすがりの男女。まともな人間なら、この空間に一秒だっていられないはず。

「お嬢さん、手相を拝見。よく当たるよ」

壁際に鎮座していた老人が虫眼鏡越しに薄ら笑った。その口元には彼らにとって微々たる富の象徴である、念入りに磨かれた金歯が主張をしていた。

卑しい顕示欲だった。いつか、こんな連中を見なくて済む世界へ行ってやる。薄い霧の向こうへ。本島と呼ばれる場所へ。

あたしは構わず踵を返した。敷かれたレールをひたすら歩き、踊り狂う餓鬼を素通りする。ただ透明になることだけを祈り、安酒と古びた油の入り混じった煙を見上げた。そして、ようやく今夜の終点に到着した。

下品なほど垂れ下がった提灯に雑な筆文字で書かれた屋号、ホルモン焼き敏。その店外に溢れかえった小鬼に気づかれないように、できるだけ肩を竦めて歩いた。

「ビンさん」

 

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