【前回記事を読む】合理的経済人、ホモ・エコノミクス。「まるで自分たちを全知全能のように勘違いする」エリートたち
第三章 さようなら、ホモ・エコノミクス
「自由主義は、ファシズムもポピュリズムも生み出せるからな」ネイビーが反応する。
Keiさんは、NHKで観た歴史ドキュメンタリーを思い出した。ナチス勢力は、クーデターで政権を取ったわけではない。熱狂的に支持されて、国の統治を任されたんだ。
シュウトくんも自分の関心領域から、清野式ラディカル・セッションに参加する。
「ビッグテックもいまは批判を浴びているけど。僕らは少し前まで、大きくて古い体制を打ち破るベンチャーとして、応援していたんですよ。それがどうして、こうなっちゃったんだろう」
「ユヴァル・ノア・ハラリさんの『ホモ・デウス』は読んだか? データを支配する少数のエリート層に富と権力が集中して、普通のひとびとが、そのアルゴリズムに喜んで自分を委ねてしまうことを心配しとるんよ。ハラリさんはイスラエルのおひとやから、ナチスの選民思想は意識するやろな」
ああ、酒がうまい、舌がよく回る、という元同僚のグラスに、ネイビーはヘベロフカを多めに注ぎ足す。薬草酒って……毒舌出しの効果もあったかな?
「僕もそのお酒、飲んでみていいですか?」
シュウトくんなら、クラッシュアイスで、レモネードを垂らすといいかもしれないよ。
最上さんはカウンターの背後、大きなトックリ椰子の脇で、電柱のように立っている。清野先生の話を聴いて、自分の持つビジネス界のメンバーズクラブ・カードが、有効期限切れにされたような気がした。彼らの話が聞こえてはいるが、まるで脳だけがしゃぼん玉の中に包まれて、その辺にぽわぽわと幽体離脱している心地がする。
マッド・サイエンティストのような白髪のおじさんが、言葉の機関銃を乱射している。
――リーマンショック以降、経済は大した反省もせえへんかった。ワイらはいまだに、ホモ・エコノミクスもどきが徘徊する市場経済の中におる。
企業は相も変わらず、時価総額の虚構の山を、ようも飽きずに登りよるわ。グループホールディングス制も、100年もたない、古いモデルになるかもしれんで。企業の参謀本部は、経営説明の書式を社会派っぽく書き替えれば済む話やない。
そもそも、登る山を変えんと、いつまでたっても屍だらけの、二〇三高地になるわ。