【前回記事を読む】「バカでも使える装備をつくれ」上層部の一言で揺らいだ働く意味…僕らは、経営本部さまの単なる駒ですか?

第三章 さようなら、ホモ・エコノミクス

最上さんは、ここで帰るのも逃げるようでイヤだなと思い、誘いにのる。ありがとうございます。礼儀正しく挨拶をしてKeiさんのとなりに座る。では、ぼくも先生と同じ薬草酒をお願いします。

「お酒、大盛やで。ワイはジェダイの騎士がこの店に現れるのを、ヨーダのように待っとったんよ。ほな、はじめよか」

ネイビーは心の中でつぶやいた。みんな、気をつけろ。この滅茶苦茶な関西弁は、毒舌のツノ隠しだ……セイちゃんは、千葉の船橋出身なんだ。

「モガミさん、いまからワイの言うことを、添削してもろてよろしいか?」

「あの、わたくし、サイジョウと申します。恐縮です」

「おりゃ、のっけから添削されたわ」店の空気が、少しなごむ。

「フリードマンは、もうええな。彼は経済を考える際に、師匠のハイエクが『市場こそ、人知の及ばぬ天の摂理や。政府は余計な介入などせんでよろしい』と言うとる、うわっ面だけをつかみよった……そのハイエクと、ケインズについて、あんたと話してみたいんや」

「〈小さな政府〉と〈大きな政府〉のお話でしょうか?」

「そやそや。その対立関係の、おおもとのところなんやけどね。ケインズもハイエクも、ほんとうは、人間ちゅうのは、どうしようもないやっちゃ、と思うてた」

「ああ。ケインズの課題は、不確実性……経済に関わるひとは、誰も将来にわたって合理的な判断などできないと思っていたようです。特にあの時代は大恐慌がありましたから、大衆のふわふわした不安が、金融のプロの判断も狂わせると」

「さすがやな、サイジョウさん」

「恐れ入ります。経済思想史はいくぶん苦手なのです……わたくし、ふだん、あまりひとに叱られないものですから、ぜひご指摘ください」

「ええねん、だいたいで。酒場で論文を書いとるわけやない。はいっ、では、ハイエクいこか?」

「ハイエクは、たしか……そもそも人間の知識は不完全で、断片的だと言っていたような」

「そこや。な、オモロないか? 対立的な二人の巨匠が、人間はどれだけ利己的・合理的にふるまったところで、ホモ・エコノミクスなんぞには程遠い。そう前提に置いとんのや。思考は分かれたけどな。ケインズは、どうしようもない人間がつくり出す無秩序な市場を、政策でサポートせなあかんと考え、ハイエクは、断片的な知識しか持たん人間やけど、自由に知恵を競い合えば、過度な政策介入などせんでも、市場はそのうち秩序を自生すると考えた。間違うとる?」