「ざっくり、おっしゃる通りではないかと。改めて考えると、どちらにも一理ありますね」
「ケインズはイギリスに生まれ、斜陽の国を政府の側から考えた。あのひとの政策は、かなりゴチャゴチャしとるように言われるが、あれだけ激動の時代やで。学問の筋などより、変化に対応して次々と手を繰り出すことを優先した、リアリストやと思う」
「そうか、一方のハイエクは、オーストリア生まれです。厳密にいえばオーストリア=ハンガリー帝国が崩壊して、第一次世界大戦の火元になりました。彼は混乱の中で、貧しい暮らしを強いられた時期もあったようですから……たぶん、〈国家〉というものを、心底では信じ切れなかったのかもしれませんね。うーん、先生。人間の思考には、物語がありますねぇ」
「ワイはこのふたりの考え方の前提に共感がある。サイジョウさん、彼らは同じ母胎から生まれて、立場と経験によって思考が分かれたような気がするんや」
「……不合理な人間観ですね」
Keiさんやシュウトくんも、小さく頷きながら聴いている。
「そや。あの偉人たちは、ただの経済学者やないで。ケインズは純粋な理論で方程式をいじっとったオッサンちゃうわ。大恐慌の時も、ざわざわした市井の気配を、人間として感じ取ったんやろな」
「ハイエクは経済を越えて、哲学や社会思想に思索をひろげます。それもやっぱり、リアルな人間への関心でしょうか」
「おうおう、サイジョウさん、ええ感じや。あんた、ただの官僚的なMBA持ちとちゃうな。ワイらはある意味、名コンビやね♡」
勝手にオッチャンの相方にされた最上さんは、戸惑うことなく、むしろ相好を崩している。
「大変光栄です。ついでに申し上げると、近年では行動経済学や経済心理学などが、人間の意志には不合理があるという前提に立った研究を進めていますが、そちらもまだ、行動や心理をそう純粋には学問上の普遍理論にしづらい……そこは人間の、永遠の課題かもしれません」
ネイビーは思う。この最上という男は、真面目で善いひとなのだ。セイちゃんは、タヌキだ。……ん? これはある種のマインドセットをやっているのか、清野先生。
次回更新は12月10日(水)、11時の予定です。
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