オッチャンの銃弾が、Keiさんの記憶に刺さる。
――マーケティング開発にいる後輩と酒を飲んだ時のことだった。僕、この前、経営企画の部長代理から呼ばれました。「ややこしい研究なんかしていないで、バカでも使える装備をつくれ」って言われました。吉岡さん、そんなことばかりやっていたら、会社全体がバカになってしまいませんか。
兵隊はカンタンに使える鉄砲でも持って、作戦通りに戦場を走ればいいってことでしょう。僕らは、経営本部さまの単なる駒ですか? こんな会社にいて、僕は成長できるのかな?
……彼の転職を、おれは引き止められなかった。
最上さんは、新卒で日本のメガバンクへ就職した頃を思い出した。
――入社前から不良債権問題が深刻化し、欧米ではすでに、いくつかの金融機関もつぶれていた。リーマンショックが起きた。ある日突然、メディアが一斉に同じ言葉を報じはじめた。
『ついに金融危機が、実体経済にも影響を及ぼしはじめました』
えっ、金融って、実体経済じゃなかったの? テレビはどこも、あら、そんなことも知らなかったの?
と言わんばかりに、ニュースキャスターが同じ文言を繰り返していた。
その後は、感情のスイッチをオフにして働いた。顧客のしあわせなど考える余地もない日々。
ある事業主が、目を真っ赤にして言った。
「借りろ借りろとさんざん煽っておいて。あんたらはバンカーじゃない。ただの金貸しだ」
ようやく経済が回復に向かおうとする矢先、東日本大震災が起きた。
海外留学は、そんな自分にとって仕切り直しの節目になった。カラカラに干からびた心身に、講義やディスカッションが滋養のように沁み込んできた。
――この店のひとたちがしている話、まわりの同僚とまったく違う。誰が何百億、売りを浴びせた。向こうのファンドが買戻しをはじめたぞ。あの投資家、電車に飛び込まないといいな。
ぼくの世界が虚構だと言われれば、その通りだ。もう一度、仕切り直すチャンスはあるのだろうか。でも次は、なにを勉強すればいいんだろう? 変わらない線路を暴走するこの列車から、自分はもう、降りられないのではないか。
こわいオッチャンが、急にくるりと背後を振り返った。
「モガミさん、こちらで一杯、飲みませんか?」
「あのひとがまだいるのを知っていて、しゃべっていたのか?」ネイビーが目を剥く。
「わかっとった。背中に心眼がついとる」
よくもまぁ、本人に当たり障りがありそうな強い批判ができるもんだ。
次回更新は12月3日(水)、11時の予定です。
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