【前回記事を読む】二元論を超えて見えてくる“第三の存在”とは? 古事記・心理学・経済学から探る新しい社会のかたち
第三章 さようなら、ホモ・エコノミクス
「なぜかおいしい物のほうから、わたしに寄ってくるのよ」
〈Patina〉は、酒類、食材、食器から観葉植物まで、タエさんのセンスで構築されている。 健司さんが納品伝票を彼女に渡す。
「今日の注文にヘベロフカ(チェコの薬草リキュール)が1本入っていたけど、出そうなの?」
「ウチはカクテルをやらないし、ちょっと、バリエーションで面白いかと思って……」
ネイビーは、シェーカーを振らない。たまにこだわったオーダーがあれば、シェーカーや酒類ごと一式、お客さんに渡してしまう。お酒マニアのお客さんたちは、えっ、自分でつくっていいのと驚き、うれしそうにマイカクテルを振る。
「来週、ホームページを改修するから、リストを見てよ。またお宅の賄い時に来ようかなぁ。ごちそうさん」
健司さんは、URLの書かれた名刺型チラシを置いて、仕事に戻った。
めずらしく、開店と同時にお客さんが入った。スーツ姿のビジネスマンが4人、大テーブルで生ビールをオーダーする。見慣れない顔なので、近郊のコンベンション施設あたりへ出向いた帰りだろうか。
今日のおつまみ三品は、アスパラ羊の香草串焼き、ひよこ豆のダルカレー、プラムの実。
常連たちは、7時前あたりから集いはじめる。いつものように、クマくんがカウンターの右隅。
隣りにはシュウトくん、L字の角を1席空けて、アッちゃんとKeiさんが座る。
ネイビーは、先ほど仕入れたヘベロフカのボトルを、これ見よがしにカウンターに置き、自分もショットグラスで試飲している。